初日の出2025

令和7年になりました。
まだ明けてはいない。


昨日下見しておいた道で鴻の鳥山の山頂に向かいます。
当然のことながら真っ暗ですね。
下見しておいて良かった。


スタンバイして日の出を待ちます。
Googleマップは疎か地理院地図にも情報が無いくらいだし、
今回は我々の貸切状態なのでは!?
と期待したのですが、後から1人だけ他の人も来ました。
日本人の初日の出に注ぐ情熱は異常(自分達を顧みながら)。


30分程待機した後に太陽が顔を出しました。


太陽全体が水平線(地平線?)上に出ました。
が、ちょっと雲が掛かっているのでもう少し待ちます。


という訳で改めまして、
新年明けましておめでとうございます!
本年もどうぞ宜しくお願い致します。


13年連続で初日の出を拝めたというのは本当に有難いことです。
こういう日常がいつまでも続くと良いなと思いつつ、
現状に胡座をかいていてはいけないと
新年を機に改めて自分を律したいところです。


入り組んだ瀬戸内の海岸線の隅々にまで
令和7年の朝陽が染み渡っていきます。


いつも通りたっぷり記念撮影をしたら、
満足して下山します。
帰りの船の時間まで明るい時間帯の鴻島も見て回りたいところです。


磯に降りて集落(?)を眺めてみました。
一般的な民家と比較して隣家との距離を取りたがる別荘と
平地が皆無な島の地形が相俟って、
崖の下やら磯の上やら急坂の中腹やら
普通なら有り得ないような立地にぴょこぴょこ家が建っていて面白いです。


あれ?あの高床式の別荘の両隣にある
ルーローの三角形を縦に引き伸ばしたような建物…
昨日旧・鹿忍グリーンファーム跡で見たあれでは?
あんなに長い脚を持っていたのか…
とすると、水没ペンション村も結構な深さで水没していそうですね。


それでは、そろそろ船の時間なので桟橋に向かいます。


9:30発大生汽船のりなはーれに乗船。


日章旗をはためかせながら元旦の瀬戸内海を滑る船。
心が澄み渡りますね。
手は縮み上がるけど。


9:47、大多府島に上陸。
まだ朝なので帰る訳ではありません。
恒例の観光タイムです。


新しい年を迎えたのでまずは初詣をしたいところです。
地理院地図によればこっちに神社があるはず…


鳥居がありました。
が、そこから繋がる建物がどう見ても神社ではありません。
完全に閉じているし…


集落の中の裏路地を捜索してみたところ、
鳥居とは全く違う位置に参道らしき道を発見しました。
島や海沿いの神社にありがちですが、
神様が海からやって来るので鳥居は海を向いていて
陸からアプローチする人間とは全然違う経路になっているやつですね。


という訳で辿り着きました、
(多分)島の鎮守を祀っている春日神社です。
西向きな所為で早朝だと薄暗いですね。
何はともあれ、無事に初詣出来ました。


…狛犬に加えて置いてあるこの謎の物体は何なのだろう。
馬島の大山祇神社みたいに砲弾?
やっぱり島の神社は変な漂流物を祀るんですね。


集落内もちょっと散策してみます。
一昨年の出羽島(2023/1/1)と比較すると新しい雰囲気。


牡蠣が名物の日生諸島らしく、
民家の軒先には牡蠣の殻が置かれています。
この大多府島の属する備前市では牡蠣殻から
クライミングチョークを作ったりもしているそうです。


船着場の側にあったこの島で唯一の観光施設らしき
大多府加子番所にも寄ってみます。


中はこんな感じ。
島の歴史などを説明しているというよりは、
公民館や待合所みたいな感じですね。
離島で屋内の休憩スペースは貴重なので何気に有難い。


神社と番所しか見ていませんが、
折り返しの船が来たので帰ります。
これを見送ると食堂も売店も無い小島で
13:00まで待たなければならなくなるので…
10:27発大生汽船のりなはーれに乗船。


甲板から眺めていて気付きましたが、
一区画だけ石灰岩の如く真っ白な場所がありますね。
あれはサントリーニ島(2017/1/31)を模して造られた
頭島のグランピング施設だそうです。
鹿久居島を経由して本州に架橋されているとはいえ、
島にあんな立派なグランピング施設があるんだ。


10:42、日生港に到着。
本州に戻ってきました。


未明から動き続けて既にお腹が空いたので、
ここで昼食にしたいところです。
しかし、元旦とあって開いているお店が全然見当たりません。
日生に来たなら何とかして牡蠣を食べたい…!


探し回って1店だけ営業しているお店を見付けました。
日生名物のカキオコだ!
これ以外にも牡蠣のバター焼きやら牡蠣スープ焼きそばやら
日生の肉厚な牡蠣をたっぷり1年分は頂きました。
美味しかった。


腹拵えが済んだらYR(常滑民)やkuniの希望で旧・閑谷学校へ。
岡山藩によって1670年に設立された日本初の庶民向け学校だそうです。
えらく余白の広い設計ですね。
校庭?


驚いたことに、この土地は岡山県立閑谷高校として
昭和39年まで現役の学校だったそうです。
周囲には民家がほぼ無いような山の中だけど、
生徒達は頑張って山を歩いて通っていたのでしょうか。


もうちょっと一般的な観光地も、ということで
倉敷美観地区にも立ち寄ってみました。
3年前(2022/11/5)に一応来てはいますが、
あの時は水島臨海鉄道に感けてこちらはほぼ素通りだったので。


岡山県と言えば桃、で一般的には全く旬ではないのですが、
まさかの桃パフェがあったので頂きました。
一緒に頼んだキウイジュースの方が美味しかったのは秘密。


岡山県の果物に舌鼓を打った後は倉敷を散策。
何やら丘の上に阿智神社という神社があるらしいので、
第二初詣として参拝してみます。


…と思ったのですが、これが大行列。
そんなに有名な神社だったのか…


帰りの新幹線の時刻もあるので
参拝は諦めて倉敷川の方に戻ります。


ん…?
何やら四方を高い壁で囲まれた家があるような…
あれは一体?


近付いてみるとパッと見は普通のお店のようですね。
昭和初期っぽい雰囲気の外観にしたかったのでしょうか。
あまりにすぐバレる張りぼてだけど。


この後は岡山駅までレンタカーを走らせて、
山陽新幹線に乗って愛知県へと帰りました。

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