
おはようございます。
今日の朝ご飯はコメダ珈琲の系列店おかげ庵でモーニング。
愛知県でも中々見たことの無いお店ですが
和風な料理を主とした甘味処なようで、
モーニングもトーストではなくおむすびでした。
飲み物がちょっと合わせ難い。

ご機嫌な朝食を済ませたら、
S2000を玉川高島屋東館駐車場に停めて
二子玉川の某所にやって来ました。
パッと見ただの民家のようですが…

花瓶みたいなノリで軒先にパンタグラフが飾られています。
この時点でただの民家でないことは明白ですね。

こちらは現在の東急田園都市線・世田谷線の前身である
玉川電気鉄道、通称玉電関連の品を収集して
個人の民家(嘗ては蕎麦屋)で公開している
大勝庵 玉電と郷土の歴史館です。
特に、現在の二子玉川駅から分岐していた支線、
砧線が家の裏手を通っていたということで
玉電砧線(昭和13年以降は東急砧線)についての展示が多くあります。

その熱意が東急にも伝わったのか、
砧線で使われていた車両の運転台まで譲り受けたそうです。
そう言えば、江ノ電にもそんなお店がありますね。

東急砧線の現役当時の写真。
世田谷区って本来こんな長閑な土地だったんですね。
それが今では…

砧線の廃線跡は今でも残っているのかと訊いたら、
ご主人がお手製の案内地図を取り出して解説して下さいました。
砧線への愛が凄い。

懇切丁寧に砧線の経路を教えて頂いたので、
その跡を辿ってみようと思います。
暫くは「花みず木通り」という通りに整備されています。

おお、如何にも廃線跡っぽいカーブですね。
関係無いけど自転車道のど真ん中に街路樹を生やすの邪魔過ぎる。

吉沢橋交差点で東京都道11号を渡ると
砧線跡は完全に車道に呑まれてしまうので、
廃線跡はかなり分かり難くなります。
ここは吉沢駅の跡地なのですが、跡形は全く無い…

と見せ掛けて、ここが東急電鉄の鉄道用地であったことを示す
境界標の石が残されています。
今の東急のデルトイドみたいな社章とは違いますが、
これは戦時中に小田急、京王、京急、相鉄、東急を合併して誕生した
所謂「大東急」のマークです。
時代柄なのか見る度にナチスの党鷲章を思い出す。

吉沢橋。
砧線もここで野川を渡っていましたが、
立派な道路橋に架け替えられて見る影もありません。

この橋の出自を偲ぶように
欄干には砧線のレリーフが据え付けられていました。

この道は一応砧線を車道に転換したものなのですが、
何と言うか変に曲がりくねっていて廃線跡っぽくありません。
軌道線上がりの低規格な路線だったとはいえ、
こんなに意味も無く蛇行していたのでしょうか?

砧線の終点砧本村駅の跡地に到着。
現在は東急バスの砧本村バス停になっています。
駒澤大学玉川キャンパスの目の前とあって
多くの大学生で賑わっていますね。

こちらが現役当時の砧本村駅の写真(大勝庵所蔵)。
現在駒澤大学のキャンパスになっている土地には
わかもと製薬の工場があり、
砧線には工場への通勤路線としての側面もあったそうです。
大正13年の開業当時まで遡ると、
元々は多摩川河川敷の砂利を採取する為の「砂利線」でした。
松田にも同様の御殿場線支線の廃線跡がありましたね。

つい最近まで、砧本村バス停の待合所は砧本村駅の待合所を
そのまま移設して利用していた「現役の廃線跡」だったのですが…

令和4年の暮れに老朽化を理由に撤去されてしまい、
今は何の面白味も無いプレハブ小屋になっています。
悲しきかな。

なお、東急バス玉06系統は砧線の代替バスであり、
往時の砧線と殆ど同じ経路を走っています。
道が細いので二子玉川駅→砧本村の片方向のみの運行ですが。

今度は二子玉川駅へと戻る形で
大勝庵以東の廃線跡も探ってみましょう。

この区間は砧線の廃線跡であることを
アピールする品が随所にあるので、
廃線巡り初心者にも比較的優しいです。
周囲の人々は誰一人として気にも留めていないようですが。

中耕地駅跡。
今は商店街になっていますが、
嘗ては耕された農地の真っ只中だったのでしょうか。

いや、そうでもないのかな。
路面に埋め込まれていたこのタイルの絵が
いつの時代を描いたものなのかは分かりませんが。

国道246号にぶつかるといきなり
砧線の痕跡は一切分からなくなります。
線路は二子玉川駅まで続いていたので
まだ数百mは廃線跡があるはずですが…

こういう時は国土地理院地図を精査するに限ります。
この建物の形…
となれば怪しいのは勿論…

ここだ!
玉川高島屋東館駐車場の東辺に
意味深に空けられた躑躅の生える空間、
これが砧線の廃線跡と見て間違い無いでしょう。

近寄ってみると鉄路柵で仕切られていたので、
やはりこの用地が砧線廃線跡のようです。
まさか、最初にS2000を駐車したその真横が
廃線跡のゴールだったとは…
灯台下暗しとは正にこのことですね。

無事に東急砧線廃線探索を完遂したら、
東京料金所から東名高速道路に乗って一路西進します。
浜松SAの静岡おでんがでら美味しかった。
これから休憩は浜松SAにしようかな。

給油をケチっていたら
よりにもよって26kmもICの無い新城IC-岡崎東IC間で
燃料ゲージがゼロになって肝を冷やしましたが、
何とかギリギリで岡崎SAに滑り込んでガス欠を回避し、
無事に実家に辿り着きました。
という訳で、来週1週間は半田市で諸々の手続きを行います。


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