平成最後の年、平成31年が始まりました!
前時代の遺物となってしまう平成世代として、
そして本厄の年男としてめげずに頑張りたいです。
今年も西春の祖母宅側の寺で除夜の鐘を鳴らしてから
その隣の神社で初詣という、
何とも日本らしい神仏混淆の年明けです。
さあ、そして元日と言えばこれを抜きには追われない!
初日の出遥拝です!
今回はFRが仕事で、kuniが風邪で
それぞれ欠席となってしまいましたが、
僕とYR(常滑)とアオコの3人だけでも向かいます。
深夜の近鉄名古屋駅に集合し、
去年と同じく1:31発近鉄名古屋本線急行鳥羽行きに乗車。
今年はクロスシートになっていてとても嬉しい。
松阪駅で3:09発近鉄山田線普通伊勢中川行きに乗り換え、
3:12、松ヶ崎駅に到着。
レンタカー屋で自動車を借りていざ南下開始です。
平成24年(高校2年)の元旦から始まって、
勝川駅(愛知県春日井市)→白子海岸(三重県鈴鹿市)→
三保松原(静岡県静岡市)→横山展望台(三重県志摩市)→
伊射波神社(三重県鳥羽市)→鵜倉園地(三重県南伊勢町)→
楯ヶ崎(三重県熊野市)と、
どんどん秘境へ南へとエスカレート
ステップアップしてきましたが、
あまりに攻め過ぎてネタ切れが深刻となり、
今回は候補地選定に国土地理院の
2万5千分の1地形図と睨めっこすること
実に3週間も要してしまいました。
松阪ICから伊勢自動車道に乗り、
勢和多気JCTで紀勢自動車道に移り、
尾鷲北ICで下道に降りて国道42号で向かうのは…

馬越峠のトンネルのすぐ側にあるこの林道。
これまで基本的に海岸でばかり拝んできたので、
今回は山登り要素を加えてみようという話になりました。
しかし、沿岸部よりも遥かに高低差の大きい登山道は
昼間でさえ危険度が高いというのに、
未明ともなれば無謀極まりありません。
ましてや、紀伊半島の登山道は降水量の多さや
登山口へのアクセスの悪さが相俟って
登山道の状況はお世辞にも良いとは言えず、
それを日の出前に突っ切るとなれば半ば自殺行為です。
なので、少しでも歩く距離を短縮しようと、
地形図の細く頼りない曲線だけを頼りに
この林道の先にあるはずの登山口を目指しているのですが…

そもそもこの林道自体がかなりヤバい道で、
道幅は普通自動車1台分ギリギリで
ガードレールなんて大層なものはほぼ無く、
道を踏み外せば即刻200m下まで真っ逆さま。
未舗装の砂利道は遠慮を知らず10%を超える急勾配で、
温室育ちの新型車はタイヤを虚しく空転させます。
沿道からは無数のシダの枝が張り出して
借り物でピカピカの車体の側面を引っ掻き、
導水管は容赦なく底面をど突いては
その度にゲリラの襲撃にでも遭ったかのような
物理的、心理的な衝撃を車内に加えてきます。

果ては車から降りて整地する破目に。
自動車の意義とは一体。

林道区間を担当した自称山道のスペシャリスト、
アオコの気力と体力という尊い犠牲を払って、
どうにか登山口少し手前の転回可能なスペースまで
車を持ってきて停めることが出来ました。
4kmで50分も掛かってしまった…
ここからは歩きます。
この駐車スペース(?)の先で林道は更に荒れ果て、
倒木、崖崩れ、何でもござれの状態になっていました。

どうにかこうにか辿り着いた登山口、水地越登山口。
ネット上では殆ど情報が得られませんが、
僕等がこれから向かおうとしている
「おちょぼ岩」への最短ルートとなる登山口です。
地形図の破線が示す登山道は実在していました。
但し、この水地越登山口に至る林道は
ランドクルーザーやパジェロみたいな
オフロード車でないと底を擦って大変なことになります。
カイエンならともかく、カレラなんかで来た日には
血の涙とエンジンオイルを流すことになります。
車体側面に付けてしまった引っ掻き傷が気になり過ぎ、
アオコもいつになく寡黙になっていて実に快適心配ですが、
今は初日の出のことだけを考えて登ります。
しかし、この登山道が先程の林道以上の悪路。
鹿避けだか猪避けだかのネットの脇をなぞるように
崖の際にほんの少しだけ下草の無い部分があり、
その上に大きく迫り出しているイバラに刺されて
先程のヴィッツの気持ちを肌で感じながら、
滑落せぬようシダを掴んで登って行かねばなりません。
未だ嘗てこれほど過酷な元日があっただろうか…

水地越峠に辿り着きました。
水地越登山口は非常にマイナーな登山口なので
登山道も散々な状態でしたが、
ここからは比較的メジャーなルートに合流するので
道の整備状態は格段に良くなります。
しかし、稜線に出たというのに
勾配は先程までにも増して急になっています。

眼下に相賀の灯が見えました。
思ったよりも栄えていますね。
しかし、ここで満足なぞしていられません。
先を急ぎます。

永遠のように思われた行程でしたが、
登山口から30分ほどで目的のおちょぼ岩に到着しました。
林道に要していた時間の方が長いのか…
既に1人先着者が居ます。

おお…
思わず息を呑むとは正にこのこと。
研究室なんかでは到底味わうことのできない、
1年の内で最も宇宙を感じさせる時間です。
ここまで来るのに嘗めた辛酸もあってか
いつにも増して感動させられます。

相賀の町も動き始めました。
町からは山に阻まれて見られない初日の出を見るためか
何隻もの漁船が沖に向けて出港していくのが見えます。

翻ってこちらは尾鷲。
東紀州の雄です。
こちらからも漁船が出ています。

おちょぼ岩に腰掛けて暫し日の出を待ちます。
今日は風が殆どなく、思ったより寒くありません。

麓から太鼓の音が鳴り響いてきました。
岬の方に見えている天鷲山長楽院…
かと思いましたが、どうやら尾鷲神社の歳旦祭のようです。

人も増え、皆カメラを構えて今か今かと日の出を待ちます。

来たっ!

ということで、
明けましておめでとうございます!
今年もばっちり明けました!
これでこそ年明けですね!
今年も良い年にするぞー!

無事に新年を迎えられて役目を果たしたのか、
太鼓の音は鳴り止みました。

それにしても美しいなぁ…
8年連続で拝めたことは本当に幸運です。

恒例の写真撮影タイム。

3畳分も無いような狭い岩の上に
実は10人以上が犇めいていました。
マイナースポットだと思っていたのですが、
予想外に人気のスポットなんですね。
但し、水地越登山口から登ってきたのは僕等だけで、
他の人達は熊野古道伊勢路の馬越峠経由で来たようですが。

さて、無事に初日の出を拝めたので下山します。
改めて見ても急な道ですね。
一部ルートを間違えていたことも判明しました。

眩しい!

水地越峠から先が本番。
往路で大分シダやイバラを踏み倒したはずですが、
それでもなお行く手を阻んできます。

真っ暗だった行きよりは楽ですが…
1人では絶対に歩きたくない道ですね。

林道まで戻ってきました。
生還した…

列車の音が聞こえたので新年初撮り鉄…
してみましたが、遠方過ぎて全然分かりませんね。

自動車を回収し、林道を下ります。
これ以上車体を傷付けてはまずいと
窓から身を乗り出して
飛び立す枯れ枝を千切りながら走ります。
まるで森林鉄道…

最大の難所、伊勢路の石畳との交差地点。
石畳と林道の交差というのは
非常に珍しいのではないでしょうか。
亀の子状態にならぬよう、
僕とYRは車から降りて慎重に誘導します。

何とか底を擦らずに切り抜けられました。
炎上防止(?)のために念のため言っておきますが、
ここはれっきとした林道なので
石畳を車で越える事はちゃんと想定されています。

その後も、導水管などで路面が盛り上がる度に
僕とYRは車外に出て少しでも車高を上げようと
涙ぐましい努力を続けます。
自動車の意義とは一体。

やっと下界まで戻ってきました!
やったぞー!
さて、新年早々ではありますが、
レンタカーを少し傷付けてしまったので、
万が一修理ということになったときに保険が下りるよう
事故証明を貰いに行きます。
新年最初にお世話になるのが警察とは…
まるでこの事態を想定していたかのように
僕等の進路に鎮座していた尾鷲警察署へ。
元旦ですが大勢の職員が居ました。
実況見分(?)して調書を作ってもらいます。
新年早々擦ったということで意気消沈して
神経質になって事故証明を貰いにきましたが、
担当の警察官は
「こんな細かい傷で事故証明とかチキン過ぎるだろ」
という態度を全身に漲らせていました。
まあ、そうなってくれることを信じたいけど…
調書を書き終わると、警察官の人から
「行けると過信して突っ込んでいると、
いつかは重大な事故に繋がりかねないので気を付けてくださいね。」
と、至極尤もな一般論で窘められたのですが、
そのときにアオコが
「いや、行けると思ったのは飛び出していた枝が~」
と反論しだしたので焦ってYRと宥めました。
いや、裁判で争っている最中じゃあるまいし、
そこはどう考えても反論するところじゃないぞ。

なんやかんやでお決まりの日の出後観光開始です。
初日の出を拝んだ位置は去年より僅かに北ですが、
尾鷲南ICから熊野尾鷲道路に乗り、熊野大泊ICで降りて
観光では去年の鬼ヶ城を過ぎ、
まずは七里御浜までやって来ました。
鳥羽から延々続いていたリアス式海岸はここで突如終わりを迎え、
ここから22kmにも渡って砂浜が延びます。

花の窟神社なる看板が目に入ったので
初詣しておくことにしました。
世界遺産だそうです。

この巨大な岩がご神体だそうです。
伊弉冉尊が火の神である軻遇突智尊を生んで大火傷を負い、
それが元で死んだ際に祭られた墓標がこの巨岩だとか。

事故証明だの何だので朝食を食べそびれていたので、
七里御浜に戻って朝食。
今年はアオコがガス缶とヘッドを持ってきたので、
お湯を沸かしてカップラーメンを食べます。
本当はおちょぼ岩の上で食べる予定でしたが、
人が多過ぎて断念しました。
朝食を終えたら七里御浜沿いの国道42号を爆走して南下します。
紀伊半島の海岸線をなぞる国道42号としては、
自動車専用道区間(将来の紀勢自動車道)を除けば
唯一ここだけがまともな直線区間です。
しかし、その線形の良さが逆に災いしてか
紀勢自動車道の基本計画区間の中では
最も進展の遅い区間でもあります。
想像以上に内陸側の街は発展していますが、
海側は一切建物が無く防潮林だけがひたすら続いているのは
何だか不思議な光景です。

そんなこんなでやっと和歌山県に辿り着きました!
僕が47都道府県の中で最後に訪れた県です。
やはり遠い…
大阪府から行ったらまだもう少し近いのかも知れませんが、
奈良県と三重県からしか来たことがないので
陸の果てのような印象しかありません。
YRは初来訪だそうです。

今年に至るまで熊野古道を南下してきたので、
熊野速玉大社に参拝しておきます。
以前来たときは貸切状態でしたが、
今日は溢れんばかりの人の入りです。
ここは縁結びの神社らしいのでおみくじを引いてみましたが、
末吉(縁談結ばれ難し 気付かず思い寄せる二人あり)でした。
前半は心当たりがあり過ぎて辛い。
今年の運勢と言うよりは去年の総括ではなかろうか。
今年も引きずるのだろうか…
それはともかくとして那智勝浦新宮道路で更に南下します。

本当は本州最南端の潮岬まで行く計画もありましたが、
新宮から更に50kmという地の果てっぷりを発揮していたので断念。
代わりにやって来たのは世界的にも有名な
和歌山県最小の自治体、太地町です。
言わずと知れた捕鯨とイルカ漁の町です。
風車のデザインがクジラになっていますね。

道の駅たいじへ。
時間は丁度お昼時。
それで太地町に来たとなれば…

クジラを食べる以外の選択肢は無いでしょう。
クジラは少し臭いイメージがありましたが、
流石はクジラの町太地、
臭みを全く感じさせない完璧な調理法です。
脂肪と筋肉で紅白になっていて元日向けのめでたい見た目な
イルカの刺身もいただきましたが、
こちらはてっさのような薄切りが半解凍状態で供され、
風味も含めてヤクート料理のストロガニーナを彷彿とさせます。
マンボウよりずっと美味しいです。
是非とも欧米人にも食べてもらいたいですね。

この後はぶつ切りの自動車専用道路を
那智勝浦新宮道路、熊野尾鷲道路、紀勢自動車道と繋いで
300km以上に上ったドライブを終えて松阪へと戻りました。
結局、林道での擦り傷は不問でした。
末吉でもこれくらいの運はありますね。
松ヶ崎駅から17:21発近鉄山田線普通伊勢中川行きに乗り、
とことこ西春へと帰りました。
今年も良き初日の出であった。

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