数々の死線を乗り越えてきたと思われがちな僕ですが、
本当に死の危険を感じた事は
片手で数えられるほどしかありません。
その中で最も死に近付いたと感じたのは、
国内では裏妙義が随一でしょう。
しかし、その記録が更新されるかも知れません。
今日は、整備された登山道としては
技術的難易度は日本一との呼び声も高い、
表妙義金洞山の縦走に挑みます!
5:30、起床。
車の中で朝食と着替えを済ませ、
日の出を待ってから出発です。
これが最期の朝日にならないことを祈って。
朝日を浴びる表妙義。
遠目にも明らかに険阻な山容です。
凡そ人を登らせようという形ではありません。
登山口は中之嶽神社。
神々の領域へと足を踏み入れます。
えらく俗っぽい境内ですね。
後ろに聳える山の凶悪さは隠し切れていませんが。
拝殿。
中之嶽神社ではなく大国神社という神社の拝殿だそうです。
五体満足での生還を祈願します。
ポップな雰囲気ながら
容赦無い危険マークに溢れる妙義山登山まっぷ。
縦走路は最早載せない方が良いのでは…
中之嶽神社の拝殿はこの石段の上。
改めて参拝します。
ここはまだポップな関東ふれあいの道なのですが、
先月の台風19号の影響で土砂崩れが起きています。
この時点でこんな様子なのに、
危険マークだらけの稜線は大丈夫なのか?
と不安になってしまいそうですが、問題ありません。
土砂崩れは土砂が無ければ起きないのですから。
第四石門を潜ります。
ここからは岩と死のテーマパークです。
蝋燭…いや、鉛筆のような岩が何本も屹立していますね。
筆頭岩と言うそうです。
どうやったらあんな形になるのだろう。
幾ら妙義と雖もあんな場所を登るイカれた人は
…居ますね。
しかも、現在進行形で。
僕等も流石にあそこまでの登山はしません(出来ません)。
僕等の闘いはここからスタートです。
まず現れた第一の警告看板。
「滑落死亡事故が多発」、「上級者でも非常に危険」と
鬼気迫る警告がこの先の道の危険度を物語っています。
もしも万が一先の看板を見逃した者が居たとしても
取りこぼしのないように間髪を容れず現れる第二の警告。
そして、駄目押しの第三の警告看板。
色褪せ方からして元はこの看板だけだったものが、
あまりにも事故が多発したものだから
先の2つの看板を追加で立てたというところでしょうか。
そんじょそこらの通行止めの道よりも
遥かに厳重に立ち入りを拒んでいる道です。
ここからは最早一般登山道ではありません。
山と高原地図では全線が破線
(バリエーションルート扱い)になっており、
難易度も分類外の最上級。
この丁度1週間前には滑落死亡事故も発生しています。
まず小手調べに現れるルンゼ内の鎖。
普通の山ならこれが最難関の箇所になっていても
何も不思議はありませんが、
表妙義ではこんなものは前座中の前座です。
ルンゼなので鎖に頼らなくても登れる程度。
下りなら確保に使った方が良いかも知れませんが。
ここへ来て再度現れた第四の警告。
これは現在登山禁止になっている西岳への分岐です。
こちらは懸垂下降等の技術が必須で、
アルパインクライミングの領域になってきます。
流石にこちらへは行けません。
とは言え、僕等の進むルートもこんな感じですが。
駐車場があんなに下に見えます。
ただ、ここで驚くべきはその高度差ではなく
俯瞰する際の角度でしょう。
見下ろすというよりも覗き込むという表現の方がしっくり来る
あまりにも急な角度です。
さあ、いよいよ表妙義が本性を現し始めました。
山と高原地図には
「ここが困難なら先へ行ってはならない」
と書かれている、
見た目も実質も城壁のような岩壁を登る2段15mの鎖場です。
この日の為にカラビナとスリングを買って
簡易ハーネスでのセルフビレイのやり方を勉強してきたので、
まずはここで練習しておきます。
カラビナを外すタイミングを間違えると
かなり屈み込んで外さねばならなくなるので、
普通に登るのとはまた違った難しさがありますね…
確保出来ているという安心感はありますが。
金洞山中之岳に到達。
標高は1,080mちょっとですが、驚きの高度感です。
山頂は狭過ぎて数人立ったら満員でしょう。
あまり立ちたくはありませんが。
幾重にも連なる群馬県深南部の山々。
ただ、その中でもこの妙義山の険しさは
頭一つ抜きん出ていますね。
高崎方面を俯瞰した図。
妙義山は関東平野の際に位置しているので展望は抜群です。
稜線の両側が切れ落ちているのも大きいですが。
ここからは稜線歩きになります。
ただ、一般的に稜線歩きと言った時のイメージとは
かなり掛け離れた画ですが。
何処を取っても幅が数mしかない為、
常に緊張感の強いられる場面が続きます。
稜線だろうと鎖に次ぐ鎖です。
下りる方が怖い。
後ろからついてきていたこのパーティ、
どうやら熟練者1人+初心者2人という構成らしく、
「やだ~!怖い~!もう無理~!」
「大丈夫大丈夫!ボルダリングの3級より簡単だから!」
みたいなことを言っていて傍から見ていて
危なっかしいことこの上ありません。
いや、ボルダリングで言ったら
全部オンサイトしか許されないんだぞ…
僕等が決定的瞬間の目撃者になってしまわないことを切に願います。
金洞山最高峰の東岳(標高1,094m)に到達。
さっきにも況して狭い山頂です。
とても立つ気にはなれません。
遥か眼下に屏風岩や筆頭岩が見えますね。
稜線歩き(?)は続きます。
これとか良くトラバースしようと思いましたね…
どう見ても登山道には見えない屹立した絶壁。
2段25mの鎖場です。
申し訳程度の踊り場で小休止出来るだけマシか…?
ここでセルフビレイをマスターしておきます。
これが核心部ではないのです。
勿論、だからと言ってここが簡単というわけではありませんが。
現実問題として、この「翌日」に
この写真でITが登攀している正にこの位置で
滑落重傷事故が発生してしまいました。
そして、そんな危険箇所を幾つも抜けると現れるのが、
掠れた「スリップ注意 クサリを放すな!!」の看板。
そして、景色の良過ぎる行き先。
転げ落ちるように一直線に60mを下る最恐の難所、
鷹戻しです!
大空を自由自在に舞う鷹でさえ戻されてしまうという
難所中の難所であり、
毎年必ずと言って良いほど滑落事故が発生しています。
それでは、下降します。
まずは僕よりも高所に耐性のあるITから。
高戻しを下降するITを上から覗き込んだ図。
写真でこの圧倒的な高度感が伝わるでしょうか。
たとえ高所恐怖症でなかろうとも、
正常な感覚を持つ人間ならば恐怖せずにいられない高さです。
意を決して僕もITに続きます。
(この写真ではカラビナが鎖の輪にはまっていませんが、
これはこの地点が水平移動になっているからで、
下降する際にはきちんと輪っかにはめています。
念の為。)
あまりにも鎖が長過ぎて一息には下りきれないので、
鎖をガッチリ確保して息を整えます。
何とか下りきりました。
下から見上げても物凄い高さです。
垂直の鎖場が終わっても気は抜けません。
事故は安心した時にこそ起こるのです。
人によっては先の垂直鎖場より怖いという梯子。
良くこんな位置に梯子を設置したものだな…
それは鎖も同じか。
この梯子を終えたら晴れて鷹戻しクリアです。
とは言え、この先も妙義山は手を緩めることを知りません。
この湿ったトラバースなどは地味な見た目ながら
危険度で言ったら鷹戻しとそう変わらないでしょう。
振り返って見る鷹戻しの岩峰。
あんな場所を歩いて(?)きたのか…
完全な表妙義縦走の場合はここから更に
茨尾根を抜けて相馬岳、白雲山へと向かうのですが、
時間も技術も足りていないと思われるので、
僕等はこの堀切で稜線を離れて一般登山道に戻ります。
おお、先程までに比べたら天国のような道だ…
いや、天国と言うのは縁起でもないでしょうか。
しかし、それでもまだこんな箇所が現れます。
これで関東ふれあいの道なのか…
最後にもう一つ寄り道です。
がっつりステップの刻まれた鎖場を登ると…
大砲岩に出ました。
屏風岩などを間近に眺められる特等席です。
…あの左手前の岩、「ゆるぎ岩」って
銘板がはめ込まれているけど、
誰があんな場所に設置したのだろう。
大砲岩の上で記念撮影。
頑張って立っていますが、
ここも結構怖いです。
大砲岩から仰ぎ見た表妙義の稜線。
冥土に腰まで浸かっているような領域ですね…
それに比べてここは何て平和な…
…ここにも何やら穏やかでないものがありますね。
「胎内くぐり」?
そもそも、胎内潜りというのは
山岳を他界、または胎内と見て巡礼し、
擬死再生を経て穢れを清める行を
もっと簡単な茅の輪潜りなどによって模すことを言うのですが、
ここは模擬にしても難易度が高過ぎないか…?
勿論、右も左も切れ落ちています。
しかも、鎖などは一切無い為、
ハーネスに頼ることも出来ません。
擬死再生どころか実死再生しそう。
何とか擬死で済みました。
妙義山は何処も彼処も容赦無いですね。
そんな妙義山ですが、
群馬ファミリーはハイキングで楽しんでいました。
この程度の岩山を陥せぬようでは
群馬県民の恥晒しということでしょうか。
折角なので、最後は石門巡りをして帰ります。
普通、「妙義山で登山」と言った場合には
この石門巡りのことを指します。
家族連れにもピッタリな関東ふれあいの道です。
とは言え、この道にも普通に鎖場は現れますが。
やはり群馬県の家族連れは強い。
ここが第二石門。
そして、一際大きいこれが妙義山の玄関、
第一石門です。
こちらから登るのも一興ですね。
第一石門に埋め込まれた碑で知りましたが、
この妙義山一帯は嘗て個人の私有地だったものが
柴垣はるという一人の女性によって県に寄付され、
県立公園を経て国定公園として整備されているのだそうです。
群馬県民の鑑。
入山から丁度7時間後の13:17、
無事下界に生還しました。
怖かった…
そして、それ以上に面白かった!
今夜は妙義山を望むお宿で妙義山を肴に祝杯を上げます。
登山は元より、人生のあらゆる場面で立ちはだかる恐怖心。
表妙義縦走というこの上ない擬死(臨死?)体験を以って
その穢れを少し祓い清められた気がします。
今年の登山は時期的にこれで恐らく最後ですが、
この経験を活かして来年こそは剱岳を討ちたいですね。
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