(無題)

今日は大晦日。
例年なら大晦日は西春で過ごして、
翌日未明に初日の出を拝むべく
近鉄の終夜運転列車に乗り込むところですが、
今年は近鉄が終夜運転をしてくれません。
しかし、こんなこともあろうかと
今年は大晦日から宿を予約しておいたのです。
備えあれば憂い無し。
色々あった令和2年ですが、
最後の日くらいはパーッと行きましょう。

8:50に名駅でYR、FR(元・旭丘高)と合流。
元々は5人で行く予定でしたが、
諸事情あってこの3人で行くことに。
なるべく公共交通機関を避けて
名古屋からレンタカーを借ります。


雪が降る中、東名阪自動車道、伊勢自動車道、
紀勢自動車道を走って尾鷲へ。
新名神高速道路は雪の為に一部通行止めです。
三重県でここまで雪が降るとは…
まあ、南部に行けば雪とは無縁なはず…


紀北PAまで来てなお雪が降っています。
今回は本当に凄い寒気だな…


紀勢自動車道の途切れる尾鷲で令和2年最後の昼食。
紀伊半島と言ったらやはり海鮮ということで、
煮魚定食です。
敢えて刺身ではなく煮魚を選んでいく
…と見せ掛けて画角外に刺身もあります。


尾鷲市南部になるとやっと雪は晴れました。
例年は日の出前の真っ暗な時間帯か、
日の出を見た後の疲れ切った状態で通過するので
全然気付いていませんでしたが、
こんなにも景色の綺麗な道だったんですね。


和歌山県に入ったところで
和歌山県民FRオススメのスポット
神倉神社へ立ち寄ってみます。


ここは岩壁の上に建立された神社で、
毎年2月6日の夜に松明を掲げた男達が
急な参道を駆け降りる御燈祭が有名です。
という話をFRに聞いたYRが
対抗心を燃やして俄に駆け出しました。


が、あまりの急斜面にすぐダウンしていました。
上りはまだしも、下りで、それも夜にこの階段を駆け降りるって
およそ正気の沙汰ではないな…


頂上にある拝殿と御神体のゴトビキ岩。
新宮市街を見下ろす東向きの岩壁にあります。


東向きで展望も利くということで
実はここも初日の出遥拝の候補地に挙がったことがありました。
ちょっと街中過ぎるのと、
混雑しそうという理由から却下されましたが。


参道を駆け下り…ることはなく
慎重に歩いて下ります。
歩きでも結構怖いくらいの斜面だから、
祭りでは重傷者や死人も出ているのでは…


そんなこんなで勝浦港に到着。
ここから船に乗ります。


チンアナゴ…
ではなく亀をモチーフにした渡船。
今夜の宿は本州と陸続きではあるものの
非常に切り立った岬にある為、
長いことこの渡船が唯一のアクセス手段でした。
今はトンネルが開通しており、
マイクロバスでのアクセスが主流となっていますが、
駐車場からのシャトルバスは
申し出ればこの桟橋に立ち寄ってくれるので、
昔ながらの海路で行きます。


岬を丸ごと改造したホテル浦島。
この写真に写っている建造物は全てホテル浦島です。
その存在感から南紀勝浦温泉の象徴ともなっています。


オーシャンビューの客室。
日昇館という、客室から日の出の望める棟もありますが、
本館は今夕陽が射し込んでいることからも分かる通り
日没しか見ることは出来ません。
まあ、たとえ日の出が客室から見えるとしても
客室から初日の出を拝むなんて無作法な真似はしませんが。


こんなにも巨大な宿なので、
早めにチェックインしたことですし探索してみます。
スペースウォーカーなる全長154mのエレベータで岬の上へ。


狼煙山園地に出ました。
勝浦市街が一望出来ます。
海沿いの猫の額ほどの平地に家が密集し、
そのすぐ裏には山が迫るという紀伊半島らしい眺めです。


実はこの場所、とあるものが見えているのですが、
分かった方は居るでしょうか?


正解は那智の滝です。
望遠レンズが無いので例によって望遠鏡越しに撮影。
こんなに海に近かったんですね。
張り替えたばかりの真新しい注連縄も見えます。


狼煙山の展望台から望む令和2年最後の日没。
紀の松島も見えます。


浦島稲荷神社まであったので除夜詣します。
17時の閉園ギリギリだったからか
誰も居ませんでした。


温泉に入って身体を温めたら
令和2年最後の晩餐を求めて町に出ます。


那智勝浦と言ったらマグロ!
と言いつつ写真は伊勢海老汁ですが、
マグロもちゃんと食べましたよ。

今年も色々ありました。
中央アジアの北朝鮮と呼ばれる
トルクメニスタンにも潜入出来たし、
アメリカ各地を回って世界三大瀑布も制覇出来たし、
世界を飛び回ることが出来ました。
学業面ではシカゴ大学で共同研究をして
アメリカの研究機関の雰囲気を知ったり、
アカポスに向けて足掛かりを築くことも出来ました。
自分の科研費を使って、
漸く一人の研究者としての
道を歩み始められたような気がしています。
来年はいよいよポスドクの行き先も決まるはずで、
より一層邁進して行きたいです。

…というのが、新型コロナが蔓延しなかった
世界線での話だったのでしょうか。
実際のところは、トルクメニスタンへは行けず、
シカゴ大学への渡航も無期延期となり、
これほど計画が覆された一年はありませんでした。
あまりにも自粛が長引いたことで
松戸の下宿を引き払ってまさかの出戻り。
元々思うところはありましたが、
半田でじっくり腰を据えて考える内に
進路についてもより悩むようになりました。
…と言うと、ただひたすらに散々な一年のようですが、
長年の夢だったツバルナウル
入国禁止前に滑り込みで渡航出来たり、
オーストラリアの地を踏んで五大陸を制覇したり、
これまた人生の目標の一つであった
剱岳登頂も三度目の正直で遂に成功し、
学生の間にやっておきたかったことを
かなり達成出来たようにも思います。
来年は泣いても笑っても進路決定の年(となるべき)。
今年の経験も大いに活かしていきたいです。
それでは皆さん、良いお年を!

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