
6:50、起床。
ベタ凪だった昨日から一転、強風・波浪注意報が発令されています。
正直、気が気ではありません。
船が欠航でもしたら天売島に幽閉、
下手をすると明日の飛行機に間に合わない可能性すらあるのです。
果たして…

助かった!
高速船は全滅ですが、朝のフェリーが運航してくれました。
首の皮一枚で繋がった…

安心したところで、最後の1時間で可能な限り心残りを潰します。
港のレンタカー屋で車を借りて天売島一周へ。

夕方以降の暗い時間帯だけかと思いきや、
朝でもウミネコが車道を占拠していますね。

轢いてしまわないよう追い払いながら進みます。
1時間しか無いから時間稼ぎしないで欲しい。

半日振りの赤岩展望台。
昨夜の賑わいっぷりが嘘のように静かです。
ウトウ達は今頃洋上で漁をしていることでしょう。

ちなみに、展望台の名前になっている赤岩とは
海面から屹立するこの岩です。
あまり赤くないような気がしますが。

お次は海鳥観察舎へ。
断崖に立つログハウス風の建物です。
ここで宿泊してみたいな…

天売島北岸の断崖に営巣する海鳥を観察することが出来ます。
数百mの距離があるので肉眼ではまず見えませんが。

ご安心あれ、観察舎には双眼鏡が備え付けられています。
それでも中々見付け難いですが。
あれは…ウミウ?
フェリーの船名の由来にもなっているオロロン鳥(ウミガラス)は
数が激減してしまっているそうで見付かりませんでした。

最後、観音岬展望台は雨が降ってきてしまったので
1枚だけ写真を撮って踵を返しました。

フェリーターミナルに戻ってきました。
甘エビとオロロン鳥を組み合わせたご当地キャラの
オロ坊ぬいぐるみが売っている…

10:25発羽幌沿海フェリーおろろん2に乗船。
脱出します。

辛くも就航した、ということは何を意味するかと言うと、
とにかく揺れまくるということです。
手を床に付かずに座ることすら難しい揺れっぷり。
着席式じゃなくて雑魚寝式で助かった…

どうにか本土に戻ってきました。
これで帰れなくなる心配はほぼ消えた…はずです。

昼食は古平産ムラサキウニのウニ丼。
本当は昨日から天売島・焼尻島でも
ウニ漁が始まるはずだったそうなのですが、
悪天候で水揚げが殆ど無く食べられませんでした。
それでも、ムラサキウニは美味しい!

さて、最大目的だった焼尻島と天売島のリベンジは終えた訳ですが、
アクセスの難しい北海道の僻地に
鉄オタ2人で来るというのはそうある機会ではないので、
ここからは非常にマニアックな鉄オタ旅に移りたいと思います。
無人地帯を突っ切る国道239号で霧立峠を越えて幌加内町へ。

幌加内町は蕎麦と極寒で知られた内陸の町。
しかし、鉄オタ的にはもう一つ重要な要素があります。

この一見何の変哲も無い小屋、
近寄って良く観察してみると…

駅名標が取り付けられています。
実はこの小屋、旧・JR深名線政和駅の駅舎の跡なのです。
鉄オタ的に重要な幌加内町の要素、それはJR深名線です。
深川駅から名寄駅までを、JR函館本線・宗谷本線の西で
並行するように走っていた路線で、
その大半が幌加内町内に含まれていました。

現在日本で最も人口密度が低くなっている幌加内町とあって
営業係数で何度も全国ワースト1位を叩き出した大赤字路線でしたが、
北海道の中でも有数の豪雪地帯かつ極寒の地ということで
道路の整備が遅々として進んでおらず、
深名線が廃止されると文字通りの意味で沿線住民の命に関わる
という理由で平成7年に至るまで存続していました。
現在はジェイ・アール北海道バスの深名線に転換されています。

大草原に残されたこの遺構は…

同じく旧・JR深名線の上幌加内駅跡です。
これはまた他に類を見ない雰囲気の廃駅ですね。
旧・JR留萌本線朱文別駅のような
激短朝礼台ホームだったのでしょうか。

旧・JR深名線と運命共同体だった幌加内町の中心部。
ここの為だけに鉄道路線を維持するのは
まあ正直厳しいよな…

まるよしフードセンター(の跡地)の壁に
深名線も入った幌加内町観光ガイドマップが描かれています。
幌加内町は南北に60km以上もある細長い町なので、
旧・JR深名線の総延長の6割以上を含んでいました。

あれ、さっき見た上幌加内駅が描かれていませんね。
小さい駅なので省かれてしまったのでしょうか。

転換バスの待合所もある幌加内交流プラザ。
旧・JR深名線の資料展示室もあるそうなので覗いてみます。

こちらが資料展示室。
民営化後まで生き延びているのでちょっと新しさがありますね。

旧・JR深名線の各駅の現役時代の写真も掲示されています。
現役時代の政和駅の駅舎ってこんなに巨大で立派だったんですね。
今ある小屋は本来の政和駅の駅舎とは無関係な小屋で
ただ駅名標を移しただけなのでしょうか。

現役時代の上幌加内駅も意外に立派です。
両駅とも遺構が現役当時よりもかなりグレードダウンしているのは
特別豪雪地帯で建造物の維持が大変だからなのでしょうか?

なお、幌加内交流プラザは旧・幌加内駅とは関係無い場所にあり、
実際の旧・幌加内駅跡はこちらです。
駅舎は一切残されていません。

もっと原型を残した廃駅も見てみたいと
国道275号を南下していきます。
幌加内町はソバの町として知られ、
作付面積、収穫量共に日本一を誇っています。
このエリアはソバの開花時期に一面真っ白くなることから
「純白の丘」や「白絨毯の畑」などの名前が付けられていたり。
開花の時期は…臭そう綺麗でしょうね。

現役当時の形を保った旧・沼牛駅。
廃止後は地元のソバ農家の方が駅舎を譲り受けて
倉庫として利用していたそうで、
平成27年に廃止20年を記念して町民と鉄オタによって整備されて
今のような現役宛らの姿に生まれ変わりました。

中も当時の雰囲気を出す為に
鉄オタがプロデュースしたとか。
イベント時には内部の公開もされるそうです。

令和3年には腕木式信号機が設置されるなど、
今もアップデートが続いているとか。

ここまでは駅跡ばかりを見てきましたが、
線路跡の方も見ておこうと思います。
To be continued.


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