西遊記 第6日目

5:00、起床。
タクシーでNelson Mandela国際空港
(ネルソン・マンデラ国際空港)に向かいます。

カーボベルデは9つの有人島から成る島国です。
となれば、首都のあるIlha de Santiago(サンティアゴ島)だけでなく
他の島も巡りたいと思うのが人の性でしょう。
特に、Ilha de Santiagoを含む南側のIlhas de Sotavento
(ソタヴェント諸島、風下諸島)と
北側のIlhas de Barlovento(バルラヴェント諸島、風上諸島)は
方言も微妙に違っており、
日本で言うところの西日本と東日本くらい雰囲気が違うと思われます。
Ilhas de Barloventoも行ってみたい!

船で周ることも出来ますが、運航パターンが不定期な上に
ギリギリにならないとスケジュールが公表されない為、
我々のように限られた時間で旅行する人間には不向きです。
となると、必然的に飛行機の国内線を使うことになります。

しかし、カーボベルデの国内線を一手に引き受ける
Bestfly Cabo Verde(ベストフライ・カーボベルデ)は、
明日3/26から始まる2024年夏期のスケジュールが
何と未だに公表されていない有様です。
元々は3月最終週のみ有給休暇を取って
3/23から旅行を始める予定だったのですが、
その所為で3/25の便に間に合うように春分の日スタートになり
仕事に追われまくったりした訳です。

 

が、それで一件落着とはならないのがアフリカ。
このBestfly Cabo Verde、保有する3機の機材の内
プロペラ機のATR 72-500は2機とも故障中で、
唯一無事なエンブラエルERJ 145LRがワンオペ体制で回しています。
空港のある7島の内3島はATR 72-500でしか着陸出来ない為
原理上全便欠航とならざるを得ず、
昨日などはその他の島も含めて全便欠航になっていました。
我々が目指す島の空港はERJ 145LRで着陸可能なので
まだ可能性はあるのですが、果たして…


勝ったッ!
どうやら運航されるようです。
何故か元々予約していた朝一の3B433便ではなく
一本後の臨時便らしき3B833便に振り替えられていましたが、
この際そんなのは些末な問題です。


唯一のERJ 145LRが戻って来るのを待ちます。
まだERJ 145LRがこの1往復の間に何らかの故障を起こして
Bestfly Cabo Verdeが機能停止に陥る可能性もあるか…


いや、流石にそこで躓くような悪運ではありませんね。
ちゃんと戻って来ました。
少し遅延していますが。


11:00発3B833便に搭乗。
機体にBestfly Cabo Verdeの名は無く、
航空機と乗務員のレンタル企業である
Amelia International(アメリア・インターナショナル)の
塗装が施されています。


窓から見えたIlha do Fogo(フォゴ島)。
あそこは今飛行機でのアクセスが出来なくなっている島です。


11:38、Cesária Évora国際空港(セザリア・エヴォラ国際空港)に到着。
Ilha de São Vicente(サンヴィセンテ島)にやって来ました!


乗合タクシーで中心街に向かいます。
えらく砂っぽいですね。


Ilha de São Vicenteの中心都市、
港町Mindelo(ミンデロ)にやって来ました。
Ilhas de Barloventoで最大の町であり、
カーボベルデ全体で見てもPraia(プライア)に次ぐ第二の都市です。


Cape Town(ケープタウン、2017/9/1-2)の
Sea Point(シーポイント、2017/9/1)を彷彿とさせる高級感。
欧米人観光客も多く見掛けます。
これは紛うことなきビーチリゾートですね。


ということはつまり、我々の最終目的地はここではありません。
ここから更に島を渡ります。


14:00発CV InterIlhas Linha Barlovento(CVインテリリャス バルラヴェント航路)
Chiquinho BL号(シキーニョBL号)に乗船。


“CV InterIlhas”とは”Cape Verde Interisland”、
つまり「カーボベルデ島間」の意味。
その名の通り、カーボベルデの島と島を結び、
航空便の無い島にとって外界への唯一の交通手段を担っています。
上述の通り運行パターンが不定期で使い難い中では
このL1とも呼ばれるLinha Barloventoは
毎日同じ時刻に2往復していてとっても便利な路線です。
なお、一番酷いL4ことLinha Triangular(三角航路)は2週間に1往復です。


何かメッチャ面白そうな小島があるー!
Djeu(ジェウ)という名前の島のようです。
白亜の灯台が建てられていますね。
小型船が1艘接岸しようとしているけど、上陸出来るんだろうか。


日本なら十中八九「軍艦島」か、
あるいは「靴島」とでも名付けられていそうなDjeu。
調べてみるとダイビングや磯釣りが出来るそうですが、
我々はそのどちらもしないので通過します。


お目当ての島が近付いてきました。
かなりの大きさです。
この島、Ilha de São Vicenteの3倍を優に超えて
Ilha de Santiagoに次いでカーボベルデで2番目に大きいのですが、
人口はIlha de São Vicenteの半分にも満ちません。


15:09、Ilha de Santo Antão(サントアンタン島)に到着。


カーボベルデ最西端、ということは必然アフリカ最西端の島
Ilha de Santo Antãoに上陸しました!
ひたすら西を目指すのがコンセプトである今回の旅に於いて
この島は絶対に外せませんでした。
そりゃもう計画は苦労させられましたよ…


が、相当頑張ったものの最後の極めて重要なピースをはめられていませんでした。
レンタカーです。
とても広いIlha de Santo Antãoを巡る足として車は必要不可欠。
それなのに、日本から連絡を取れるレンタカー屋が無く、
このフェリーターミナルに一縷の望みをかけることになりました。
果たして…


あった!
最後の1台を借りることが出来ました。
直後に来た人が断られていたので本当に滑り込みだったようです。
これまたSUVのルノー ダスター。
ルノーと言いつつ、実際はルーマニアの自動車会社ダチアの車です。
勿論初のルーマニア車です。


そしてまさかのMT車です。
何と、よりによって頻繁なギアチェンジを強いられそうなこの島で
人生初の左ハンドルMT車を運転することになろうとは…
ちなみに、日本の右ハンドル車と左ハンドル車を比較すると、
ウインカーとワイパーのレバー:左右反転
クラッチ、アクセル、ブレーキの配置:そのまま
シフトパターン:そのまま
と左右反転しているものとそうでないものが入り混じっていて、
中々に頭が混乱します。


路面がフラットだったら良いなあ
という淡い期待は最大の町Porto Novo(ポルトノヴォ)の
市街の時点で打ち砕かれ、
この島は基本的に石畳舗装しかないことを知りました。
でもまあ、石畳はそこまでMTにとって不利ではないか…


激坂で山脈を越えていくのはMT車にとって明確に不利ですが。
法面に落石防止措置が一切施されていない石畳の道は
まるで中世にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えさせます。


峠に辿り着きました。
Miradouro de Campo Redondo(ミラドーロ・デ・カンポ・レドンド)、
直訳すれば「丸い野原の展望台」です。
峠の名前っぽくはありませんが、
360°展望が効くことからその名が来ているのでしょうか。


おお、何と壮大な景色!
ここはアンデスか、はたまた火星か。
1,500mちょっとの標高しか無いとは信じられない光景です。


おや…?
あの人何個もポリタンクを担いで歩いているけど、
一体何処まで歩くつもりなんだ…?
というか、帰りはあの数のポリタンクを満タンにした上で
歩荷して帰ってくるのか…?


我々が進むのはこちらの道です。
奥の方は雲が掛かっていますね。
カーボベルデの降水量の少なさは
Corrente das Canárias(カナリア海流)の冷気によるものなので、
雨こそ少ないですが雲や霧はそれなりに発生します。


では雲の中に突っ込んでいきます。


すぐに抜けました。
見掛け倒しだった。
ここから海岸線目掛けてうねうねと下っていきます。


今夜の宿がある集落が見えてきました。
しかし、ここでちょっとした問題があります。


実は、Googleマップでは道路が集落の大分手前で途絶しているのです。
昨日のFarol Ponta Moreira(モレイラ岬灯台)までの道でさえ
Googleマップに載っていたので、
本当に車で辿り着けるような経路はあるのでしょうか?
航空写真と照らし合わせるに、Googleマップ側の怠慢でもなく
本当に車道が途切れているように見えますが…


それでは、運命の答え合わせです。


道が未舗装になって下がっていったかと思うと…


そのまま砂浜に突っ込みました!
千里浜なぎさドライブウェイ(2013/12/23)のように
固く締まった砂という感じでもなく、
普通にハンドルを取られる感じの砂です。
スリップやスタックしないように慎重に走ります。


おっ、町だ!


車道の終点、Tarrafal(タラファル)に到着です!
車でアクセス出来る町としてはアフリカ最西端に位置します。
昨日行ったIlha de Santiago(サンティアゴ島)の北端の街も同じ名前なので、
Tarrafal de Monte Trigo(タラファル・デ・モンテ・トリーゴ、
トリーゴ山のタラファル)とも呼ばれます。
“Tarrafal”が果てとか岬みたいな意味なのかとも考えたのですが、
実際はギョウリュウという木の一種
“Tarrafe”(タラフェ)に由来しているそうです。


何処も彼処も斜面になっていて
お世辞にも住み易そうには見えませんが、
Ilha de Santo AntãoではPorto Novoに次ぐ人口を抱える集落です
(と言っても、一極集中しているので10分の1未満)。


か細いながらも沢が流れているので、
貴重な淡水を確保出来るということで栄えたのでしょうか。


アフリカほぼ最西端の夕陽。
この木がTarrafeなんですかね?


日が落ちると人々が広場に集まって何やら音楽をかけ始めました。
夕方の井戸端会議でしょうか?


町を歩いていたら日章旗の描かれた建物を見付けました。
“Unidade de Apoio a Pesca Artesanal”(伝統漁業支援施設)
とあるので、伝統的な漁業を継承する為の施設のようです。
魚市場か冷凍庫かと思った。


暗くなったので宿に戻って夕食。
ここでもThieboudienne(チェブジェン)っぽいご飯が付いていますね。
蜂蜜を原料としているというお酒も頂いたりして
アフリカほぼ最西端の夜を満喫しました。

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