水平歩道 第1日目

黒部に怪我は無し―

4年前に見学会に当たって見学した
関西電力黒部ルート(2019/8/5)が、
黒部宇奈月キャニオンルートと名前を変えて
来年から一般公開されることになったそうです。
黒部ダム竣工から60年以上経って遂に一般公開するんですね。
まだ公開する気はあったのか…

あの黒部ルートは最も古い区間である欅平-仙人谷が
仙人谷ダムの建設を目的として昭和16年に開通しています。
しかし、ここで一つ重要なことがあります。
ダムにしろトンネルにしろ、
建設の前には測量をしなければなりませんし、
トンネル全通までは地上から物資を運び入れる必要があります。
しかし、技術が今とは比べ物にならない程貧弱だった戦前に
大変な思いをしてほぼ全線地下で上部軌道が拓かれたのは、
黒部峡谷の欅平から先の核心部下ノ廊下が
あまりの断崖絶壁かつ雪崩多発地帯で、
地上には何処にも鉄道を通す余地が無いと判断されたからです。
そんな場所でどうやって仙人谷までアクセスしていたのか?


おはようございます。
元・東大ワンゲル部のFAと欅平駅にやって参りました。
前述の通り黒部峡谷は断崖絶壁続きなので、
欅平発の登山道は多くありません。
一つは黒部川の支流祖母谷沿いに唐松岳や
白馬岳(2023/7/22-23)へと至る道。
そして、もう一つが…


黒部川を遡行して仙人谷ダムへと至る道、水平歩道です!
直訳すればHorizontal footpathで、
まるでバリアフリーを謳っているかのような名前ですが、
非常に難度の高い登山道の一つとして数えられています。


まずは水平歩道どころか垂直歩道と言いたくなるような
無理矢理な急登を登っていきます。
欅平と仙人谷の標高差は約300mなのですが、
水平歩道は13kmある道程の内最初の0.6kmだけで
その標高差ほぼ全てを賄います。
物資を運んでいた時は索道でもあったのでしょうか。
しかし、この急登は水平歩道のおまけにもなりません。


急登を登り切るといよいよ本番開始です!
欅平の入山口にもあった警告看板が改めて立てられています。


ここまでは一般登山道で、
後立山連峰を望む展望台があったりします。
つまり、ここまでの超急登は最も「安全」な区間です。


この先は名前通り(登山道にしては)水平な道となり、
本当の水平歩道が始まります。
立ち入りを禁止しているようにしか見えない
トラロープを手で退かして入山です。
では、何故水平な道が高難度で知られているのか?


それは水平歩道が断崖絶壁の只中を
ほんの少し削っただけで付けられた道だからです。


あまりにも険し過ぎる黒部峡谷には
自然な形の道が何処にも造れなかった為、
壁に張り付いたクランク型という
有り得ない形を取らざるを得なかったのです。


しかも、元々は一般開放など微塵も考えていなかった
調査道としての出自を持っている為、
道幅は必要最低限+αしかありません。
場所によっては50cm前後です。


初っ端に欅平からほぼ真上に300m登りましたが、
当然黒部川の方はそんな流路を取っている訳もなく
300mを7km程掛けてじわじわ登ってきます
(これでも河川にしては滅茶苦茶急ですが)。
ということは何が起こるか?
そう、水平歩道は狭い狭い道を一歩でも踏み外すと
比高300mを激流渦巻く谷底まで真っ逆様なのです。


という道が一部区間とかではなく10km以上延々続きます。
常時綱渡りのような緊張感を強いられる道、
それこそが黒部峡谷下ノ廊下の水平歩道なのです。
谷筋の対岸を見ると冗談みたいに
自分と同じ高さの真一文字の線が続いていますね。


そんな水平歩道でも、真に已むを得ない区間では
トンネルを掘ることもあります。
トンネルの中は水平歩道の中で唯一安全な場所ですね。
普通は掘削の労力を最小化する為に
トンネルはあっても極短いものなのですが…


この志合谷だけは大きく崩れてしまっていて、
谷全体をU字型に回り込む形で
全長150mの長大な志合谷トンネルが掘られています。


これが志合谷トンネルの坑口なのですが、滅茶苦茶狭い。
大きな荷物を背負った歩荷がここを通れたんだろうか…


こんな歪な断面のトンネルは初めて見た…
そもそも長い上に屈曲しているので中は真っ暗。
ヘッドライト必須です。


いやまあ、ヘッドライトはどんな山行でも必携品なので
それ自体は別に大したことではないのですが、
この志合谷トンネル、滔々と冷水が湧いているんですよね…
最初の内は側溝らしきものが掘られているのですが…


暫く行くと道床が完全に水没します。
とても現役のトンネルとは思えないな…


一方、この大太鼓と呼ばれる地点は
トンネルを掘ることすら難しいと判断されたのか、
有無を言わせぬ大岩壁を力業でコの字に刳り貫いた
一際常識離れした線形で、
水平歩道を象徴する景色として名を馳せています。
こんなやり方をするならトンネルを掘るのと
大して労力は変わらないのでは…?
トンネル掘削の為の測量が出来ないからなのかな…


下を覗き込むとこんな感じ。
何かもう高過ぎて良く分かりませんね。
東京タワーの天辺から下を見るようなものなのですが。


ただ、大太鼓みたいな固有名詞を有する地点より
案外こういう何気無い丸太橋の方が危ないかも知れません。
気を抜くとつるっと行きかけたので…
本当に死ぬかと思った。


こんな水平歩道があの黒四こと
黒部川第四発電所から出る送電線の巡視路にもなっており、
関電の職員もここを通っているという事実。
関西の電気はこんな壮絶な思いをして維持されているのです。
関東にしたって奥只見の巡視路(2022/7/17)とかありますからね。


最後の大きな谷筋、オリオ谷。
ここには砂防ダムが設けられています。
ここは上部軌道が通っていないけど、
ということはこのダムの建設資材は
一から十まで全て歩荷したっていうことなのか…


水平歩道はダムの内部を通っていきます。
これまた常識破りの登山道…


足元と頭上ばかりに気を取られて
あまり周囲の景色に目を向けられていませんが、
この辺りは紅葉が始まっていますね。
まあ、景色を見ながら歩くなという注意書きもあったりしますが。


こういう和やかな雰囲気の場所もあったりしますが、
草木がカモフラージュしているだけで
左側は踏み外したら怪我では済みません。
黒部に怪我は無し。


黒部川と水平歩道の比高が狭まってきて
1枚の写真の中に両者を収められるようになってきました。
これで大分低くなった後ですからね。


最後の撮影スポット兼休憩スポット、折尾ノ大滝。
この先は特に見所がありません。
いや、この先の区間であっても、
他の登山道の中にあったとしたら
確実にネームドになったであろう危険区間ですが。


FAは
「飽きたから早く小屋に着く以外やることが無い」
と言って際限無く加速していきます。
待ってくれ…
この道でトレラン紛いのことをさせないでくれ…


死に物狂いで追い掛けていくと漸く小屋が見えてきました。


ルート中唯一の山小屋、阿曽原温泉小屋に到着。
疲れた…


深い深い黒部峡谷の深淵にポツンと佇む孤高の山小屋。
訪れる人も疎ら…
と思いそうですが、実は秋のシーズンともなると
黒山の人集りで溢れたりする人気の小屋です。
まあ、他に選択肢が無いというのもあるので。


小屋は簡素なプレハブ造り。
何故かと言えば、毎年冬になると雪崩の被害を受けないように
毎回解体して片付けてしまうからです。


こんな立地の小屋ですが、
実は携帯電話の電波が入ったりします。
この小屋の為だけに…というよりは、
隣にある仙人谷ダムのお零れに与っているんだろうな。


ここの目玉は何と言っても温泉。
幽玄な黒部峡谷を見ながらの露天風呂は至福の一言です。
ここまでの道程があんな調子なので、
日本一危険な温泉と呼ばれたりもします。
ちなみに、今日通ってきた水平歩道は
この阿曽原温泉では(一般人が使える中で)一番安全なアクセス路です。


この温泉、一体何処から湧いているのかというと、
あの高熱隧道から湧き出しています。
高熱隧道の怪我の功名ですね。


小屋大嫌いな東大ワンゲルの流れを引くFAとの山行なので、
今夜は久々のテント泊です。
猫の額程の平地に設けられた幕営地には数多のテントが。
FAが所属している山岳会のチームも偶然来ていて、
夜は焼肉パーティーにお邪魔させてもらったりしました。
偶にはテント泊も良いものですね。

コメント