ホンダ ビート

これまで理想のマイカーを探して
様々な車を借りてきましたが、
もう少し身の丈に合った車にしたらどうなんだ
という声が聞こえてきそうな気もするので、
今日は岐阜で軽自動車を借りてみることにしました。


ホンダ ビート。
マツダ オートザムAZ-1、スズキ カプチーノと並んで
平成のABCトリオと称される軽スポーツカーです。
並び称される、とはいうものの、
共通点と言えば軽自動車規格なことくらいで、
国産車唯一のガルウィングドアのオートザムAZ-1、
軽さとターボで純粋に速かったカプチーノ、
そして、このビートは速さはともかくとして
楽しさに全振りした車だったと言われています。
「全振り」ですから、色んな犠牲があります。
即ち、現代どころか一昔前の車でも
当然着いているべき種々の装備がありません。

マルチビューカメラシステム。
これは時代的に無くて然るべきです。

カーナビとETC。
これは幾らでも後付け出来ます。

パワーステアリング。
助けを借りずに自力でタイヤを切る必要があり、
これまでで一番重いですが、まあ何とかなります。
好意的に捉えれば、路面状態やグリップを
そのまま手で感じ取れるので人馬一体の感覚を得られる、
と言えなくもないでしょう。

収納スペース。
トランク、ドアポケット、ダッシュボード、
果ては座席の裏さえありませんが、
荷物は助手席に放り込んでおけば問題ありません。
まかり間違ってもデートに使う車ではありません。

低速トルク。
高回転域まで自然吸気で気持ち良く吹け上がることに
重きを置いたエンジンになっている為、
絶望的に低速トルクがありません。
アイドリングでクラッチを繋ぐのは平地では不可能、
緩い下り坂でも慎重にやらねば即エンストです。
流石はS2000を造った会社…
とは言え、ちょっと回してやれば何とかなります。

しかし、エアコン。
これは真夏の岐阜では生命維持装置と同義では…
とは言え、流石に当初から無かったわけではなくて
単に経年劣化で故障しているだけだそうですが。


そんなわけで、車なのに日焼け止めを塗りたくって
帽子も被ってこの炎天下にフルオープンです。
走っていれば(風を巻き込みまくる所為で)
風が当たって案外何とかなりますが、
止まるとマグロ宜しく死にます。
車と言うか、ロードバイクに乗っている時の感覚です。


というわけで、ロードバイクの時と全く同じ
岐阜県道270号、馬坂峠に来てみました。
こちらの操作に対して鋭敏に反応するところとか、
急な上りで息切れするところとか、
走りまでロードバイクのような感覚ですね。
軽自動車かつミッドシップレイアウトということで
旋回性能、というか小回りの良さはピカイチです。
自分の力で思いの儘に走っているという
ロードバイクの楽しさはそのままに、
あそこまで疲れないという良い所取りです。


が、「疲れない」のはあくまでロードバイクとの比較で、
前述の通りステアリングは激重ですし、
非力なエンジンが音を上げないよう回転数を常に意識して
シフトチェンジし続ける必要があります。
はっきり言って疲れます。
ということは、つまり楽しいということです。
スポーツカーの運転というのは詰まるところ、
そういった気持ちの良い疲労感を得んが為にするものなのでしょう。
ロードバイクで峠道を走ると疲れることに
文句を言うサイクリストが居ないのと同じです。


あと、ロードバイクとの共通点としては
トンネルがちょっと怖いです。
滅茶苦茶五月蝿いし、水が垂れてくるとビビります。
流石にすぐ脇を大型トラックが追い越していったり、
濡れた路面で転倒したりはしませんが。
いや、MRだしスピンは有り得るのかな。


岐阜県内の国道417号で最も上流部に位置し、
最も長い塚白椿隧道を抜けると
広い転回場(?)があって唐突に国道は終ります。
ここから先は徳山ダムの管理用道路になります。


何故こんなところで終わるかと言うと、
ここが徳山湖のほぼ上端だから。
ここまではダム湖に沿って水平に走れば良かったものが
ここから先は標高を稼がねばならなくなるので、
工事が大変で後回しにされたということのようです。
と言っても、一応ちゃんと工事は進んでいるようで、
長大トンネルで峠を貫く冠山峠道路の建設が進んでおり、
来年度中の全通を目指しているそうです。


新道が全通すると、この最上流部の道路は旧道となり、
今より走り難くなってしまうことは必至です。
下手をすると通行禁止になる可能性さえあります。
国道417号の先に続く林道塚線・冠山線は界隈で名高い道。
今の内に走っておきます。


一応全線に渡って舗装されているので
林道にしてはかなり走り易い部類の道らしいのですが、
舗装されているとはいってもガタガタで、
人の頭ほどもある大きさの落石がゴロゴロしています。
これはもう実質グラベルでは。
同じ軽自動車でも軽トラやジムニーで来るべきか…
念の為弁解しておくと、僕としても
流石に個人のスポーツカーを借りて林道はまずいかな…
とは思っていたので、当初はロードバイクの時と
全く同じルートを考えていたのですが、
他ならぬオーナーさんが
「そこまで行くなら林道で峠を越えられるよ」
と薦めてきたので乗った次第です。

一つ驚きだったのが、そこそこ対向車の来ることです。
何なら国道417号を走っていた時より多いです。
2車線分ある区間など皆無に等しいので
当然どちらかが待避出来る場所まで後退するのですが、
ここで大問題が発生します。
そうです、ビート君は低速トルクが全然無いのです。
ただでさえ物凄い急勾配の林道で
幾度と無く坂道発進をしなければならないのです。
最早坂道発進の特訓と化しているな…


坂道発進を繰り返して標高を稼ぐと森林限界を超えました。
何という美しい景色!
そう、この林道冠山線は絶景で有名なのです。


何故こんなにも絶景なのかと言えば、
車道に於いて非常に大切な要素が欠けているからです。
そう、ガードレールが無いのです。
ビートの車高だとガードレールがあったら
恐らく全く景色が見えないので、
有難いと言えば有難いのかも知れませんが、
一つハンドル操作を間違えたら…


谷の底まで真っ逆さまです。
フルオープンなので死は免れませんね。
木も生えぬこの急斜面っぷりも絶景の理由ですが。


峠と林道の名前の由来になった冠山が見えます。
この山の登山に於いて最も体力と神経を使うのは
恐らくアプローチでの林道走りです。


車をぶつけることも落とすことも無く、
冠山峠(標高1,050m)に到着しました!
ここが太平洋に注ぐ揖斐川と、
日本海に注ぐ九頭竜川の分水嶺です。
登山客と見られる車が何台か停められています。
巨大な石碑は冠山の形に似せてあるのでしょうか。


岐阜県側は3つの町村の石碑が立てられていますが、
これは3町村の境が集まっているわけではなく、
徳山村(〜昭和62年)→藤橋村(〜平成17年)
→揖斐川町(〜現在)という市町村合併の跡です。


そして、ここから先は福井県となります。
4年振りか…
山口県ほどではないにしても相当ご無沙汰です。


福井県側には申し訳程度のガードがあります。
徒に幅員を狭めているだけのような気もしますが。


ガードレールもありましたが、最早何もガード出来ていません。
落石か、或いは豪雪故か…


向かいの山肌に道の続きが見えました。
とんでもない線形をしていますね…
こういう狭隘路での取り回しの良さは流石軽規格です。
NSXコルベットでは絶対に走りたくない。


久し振りに出て来て今更感しかないカーブミラー。
福井県側の方がまだ道路状況がマシ…なのか?
とか何とか写真を取ったりのんびり走っていたら、
雷鳴が聞こえてきたので急いで下ります。


林道冠山線が終わり、国道区間に復帰しました。
悪天候時の通行止めを予告する看板もあります。
雨の時はビート云々以前に立ち入るのは危険です。
岐阜県側の方が幾分道路状況が悪いのに、
何故か福井県側だけゲートが設置されています。
岐阜県側はダムの管理上設置出来ないのでしょうか。


冠山峠道路のトンネルが口を開けていますね。


岐阜県側以上に谷が深く、猫の額程の平地も無いので
峡谷に足場を組んで作業所にしています。
絶壁に穿たれたトンネルってこう造るんですね…


福井県民で賑わう茶屋まで下りてきました。
久し振りの外界ですね…
真っ当な観光客にとってはここが一番山奥の目的地ですが。


かずら橋までありました。
福井県にもあったんだ…


蕎麦屋もあったので昼食にします。
根尾以降60km以上無人地帯を走った後の蕎麦は格別です。
丁度店に入ったところで雨が降ってきたので、
雨宿りも兼ねてのんびり食べます。


さて、雨雲が通り過ぎたのでドライブ再開です。
ここから岐阜まで最速で帰るルートは
一見遠回りな敦賀・関ヶ原経由なのですが、
折角なら帰りも峠道を走ります。
とその前に道の駅越前おおの荒島の郷で買い出し。


この道の駅はモンベルが入っているんですね。
白山へ向かう人向けでしょうか?


クライミングウォール(?)まであります。
ちょっと気になりましたが、
ここで体力を使ってしまうと帰れなくなるのでパス。


九頭竜川沿いの国道158号を走ります。
鉄道橋が写っているのですが、お分かりでしょうか。
そうです、この道はJR越美北線に並走する道路なのです。
車で走ると凡そ鉄道を通せるとは思えませんね…
実際、この区間のJR越美北線はほぼトンネルで
地形を完全に無視しているのですが。


懐かしの九頭竜湖駅。
道の駅があるからか意外と人が居ます。
次の列車は3時間後ですが。


越美北線&南線が果たせなかった越前・美濃連絡を
自動車の力で実現します。
鉄道として計画されていた経路は
九頭竜湖駅からすぐ北に折れて石徹白川に沿う
福井県道127号に近いものなのですが、
遠回りになってしまうので国道158号で真西に向かいます。
これは九頭竜湖駅の名前の由来となった
九頭竜湖を湛える九頭竜ダム。


国道158号はオメガカーブとトンネルで
一気に標高を稼いでダムの天頂に出ます。
ちなみに、九頭竜川の流域面積は何と福井県全土の7割。
このダムが壊れたりしたら福井県は消滅します。


県境を貫く油坂峠道路。
実は安房峠道路と同じ中部縦貫自動車道の一部です。
相変わらずとんでもない場所を走っていますね。
写真が撮れなかったのは残念ですが、
この油坂峠は岐阜県側だけ急勾配になっており、
越美通洞を抜けて岐阜県に入ると
トンネルと高架橋を駆使した3重オメガカーブで
トンネルから宙に投げ出されるような感覚です。

白鳥ICからは東海北陸自動車道に乗って帰ります。
…そうです、トンネルだらけのあの高速道路です。
正直フルオープンで走る道ではない…
耳栓をしたくなるくらい五月蝿かったです。
まあ、ビート君だと幌を閉じたところで
防音は大して期待出来なさそうですが。
トンネルでの五月蝿さに目を瞑れば、
山岳地帯の高速道路でも力不足は感じませんし、
車高が低いからか風に煽られることもなく快適でした。


ETCが無いので料金は一般車レーンで払います。
一般車レーンで払ったのは初めてだ…
最早ETC搭載車の方が一般的な気がしますが。
ビート君は車高が低くて乗ったままだと手が届かないので
一旦降りないと料金が払えません。
こんなところでも実用性の無さを見せ付けてきますね。

最後は満タン給油して返却です。
燃費はトリップメーターの読みで驚きの21.40km/L。
たったの12.31Lで給油が止まったので、
給油機の不具合かと思って再度レバーを握ったら
ガソリンがタンクから溢れました。
エアコン無しとはいえ、山道ばかり走っていたのに
萩で借りた軽ワゴン車より燃費が良いとは…
ただ、オーナーの方も驚いていたので、
僕の走り方と相性が良かったということのようです。
実に楽しいドライブでした。

このホンダ ビートという車は、
法律上の区分である乗用車という括りで見るのではなく、
ロードバイクとして捉えるべきなのでしょう。
荷物を積もうなんてナンセンスですし、
雨が降ったら当然ずぶ濡れです。
でも、それに文句を付けるのはお門違いです。
だってロードバイクなんですから。
自分の手の内に収まる範囲で力を使い切って
公道を安全に楽しく走ることが
この車の最大にして唯一の目的です。

力を使い切る、という点に関して言えることですが、
とにかく高回転型なエンジンも特徴です。
S2000(AP1型)を凌ぐほど低速トルクが無いので、
「回せる」というよりは「回さざるを得ない」のです。
平坦な市街地で3,000rpm、
ちょっとした上り坂なら4,000rpm、
山道や高速道路なら5,000rpmがスタートラインです。
100km/h出すとトップギアでも5,500rpmなんですから。
俺は岐阜最速の車だあああ!!
みたいな音を響かせながら60km/hしか出ていない
なんていうのが平常運転です。
ゆっくり運転していますのでお先にどうぞ?
みたいな音をしながらとんでもない速度を出す
シボレー コルベットの対極に位置する存在です。
しかし、それでいて軽自動車らしからぬ反応の良さなので、
僕でさえ8,000rpmとかまで回せます。
これも楽しさに一役買っています。

結論としては、セカンドカーとして
土日に遊ぶ用にはこれほど良い車は無いでしょう。
車両価格も維持費もお値打ちですし、燃費も優秀です。
しかし、これをメインの1台に据えようと思うと
色んな意味で相当の覚悟と努力が必要ですね…
ちなみに、オーナーさんは嘗てS2000に乗っていたそうで、
実際のところ両者を比較してどうか訊いてみたら
猛烈にS2000を推されました。
「但し、S2000ならサーキットに行かないと
真価は分からないよ!」だそうですが。

脚注
※「グラベル」
Gravel。(ラリー用語で)未舗装路を意味する。
対義語は舗装路を意味するターマック(tarmac)。

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