肥薩旅行 第2日目

今日はレンタカーで熊本県を回ります。
熊本県はこれまで何度も来たことがありますが、
そんな中でかなりの知名度がありながらも
これまで素通りしたことすらない地域がありました。
今回の旅行はその地域を巡るのが第一目的だったりします。


国道266号で海のピラミッドなる施設にやって来ました。
四角錐じゃなくて円錐形だし、ピラミッドというか巻貝では…?


アルジェのサクレ・クール大聖堂を思い出す
コンクリート打ちっぱなしの内観。
上まで登ってみましょう。


海のピラミッドの頂上からの眺め。
白い列車が停まっているのが分かるでしょうか?
あれは三角駅です。
8年前にJR三角線で来てはいるのですが、
あの時は夜だった上にほんの数分しか無かったので
事実上初めて来たような印象を受けます。
こんな巻貝ピラミッドがあったなんて全く気付かなかったし…


今日目指すのはこちら。
誰もが日本史で名前を聞いたであろう天草です。
メジャー(?)であるが故に
これまで旅行先に挙げたことがありませんでした。


天草は天草諸島という離島群なのですが、
主要な島には架橋されていて車で渡ることが出来ます。
今でも船で渡る必要のある島も幾つかあって興味を惹かれますが、
今回は車で回れる範囲を見ようと思います。


国道の標識がおにぎりじゃなくて丸型になっている!?
しかも、何やら尖塔みたいなポールに括り付けられていますね。


さて、登山部員としては天草観光の一発目に
まずは天草諸島最高峰の倉岳に登っておこうと思います。
この写真の中の右側にあるちょっと丸っこい山ですね。


林道に入ってみると
エヴァンゲリオン風の立て看板が。
夕張市にもありましたが流行しているのでしょうか?


かなり急な山肌を細い林道が蛇腹折りで登っていくので、
運転には結構神経を使います。
こう見えてそれなりに対向車もあります。
既に眺めが良いですね。


うねうねとヘアピンカーブを登って
終点の駐車場に到着。


倉岳神社の参道を登って…


天草諸島最高峰の倉岳(標高682.2m)登頂!
歩いたのは3分くらいですが、
最高峰だけあって眺望は抜群です。


倉岳神社の本殿は三角点のある頂上ではなく、
そこから少しずれた位置にあります。
三角点設置の為にずらされたのでしょうか。


そして、この本殿からの眺めが特に素晴らしい!
天草諸島の島々を一望の下に収められます。
そういう訳で、かなり運転が大変な林道のどん詰まりにも関わらず
多くの観光客で賑わっています。


流石に狭い山頂には社務所は無いのですが、
タッパーに入ったお札と御朱印が置かれていました。
結構商魂逞しいですね。


倉岳はまだまだ天草諸島の入口。
天草は大きいので先を急ぎます。


天草市中心部のお店は閉じていたので、
昼食を求めてこちらにやって来ました。
廃校になった天草市立宮地岳小学校の校舎を利用した
道の駅宮地岳かかしの里です。


かかしの里の名の通り、
校内には大勢の案山子が犇めいています。
これ暗かったら普通にホラーでは。
小学校なのにどうも高齢者っぽい案山子ばかりなのは何故…


さて、それはそれとして昼食を頂きます。
道の駅の食堂は給食風ということも無く、
無難に地域色を出しています。
大根鶏めし、ハイヤ節唐揚げ、そばがきだご汁、宮地岳豆腐という
4つの郷土料理が楽しめるみやっだけ田舎定食を注文。
素朴な味でボリュームたっぷりで美味しかったです。


田舎定食で腹拵えをして天草下島の先端、
道の駅うしぶか海彩館までやって来ました。
熊本県は記念切符を売っている道の駅が
何故か37駅中4駅しかないのですが、
その貴重な4駅の一つがよりによって天草最奥のここです。
ただ、鹿児島県の蔵之元港からカーフェリーで来ると
この牛深港が天草に降り立つ地となるので、
その意味では天草第二の玄関口と言えなくも無い…のでしょうか。


相当漁業が盛んなのか、
大漁旗がずらーっと掲げられています。
ガチャガチャとかにしたら面白そう。


天草諸島最大の天草下島の最奥は牛深ですが、
道路は更に奥へと続いています。
道の駅うしぶか海彩館の上を跨ぐ
牛深ハイヤ大橋で真の最奥である下須島へ。


下須島のとある駐車場で停車。
周囲に何も無い山の中ですが、
西側の海に展望が開けています。
そして、岩礁の中に盛り上がったシルエット。


目を凝らして見ると人工物です。
海の中に取り残された石垣と
中空にポッカリと口を開けた謎の隧道。
白昼夢でも見ているようですが、あれは一体何でしょうか。


あれは烏帽子炭鉱の烏帽子坑跡です。
実は天草諸島は嘗て石炭業が盛んで
各所に炭鉱が掘られていましたが、
その内の一つがこの烏帽子海底炭鉱でした。
出炭する石炭の質は高かったそうですが
如何せんこの立地で湧水に悩まされ、
明治30年の採掘開始から僅か数年で閉山してしまったそうです
(道の駅うしぶか海彩館の資料館情報)。
あの中空の坑口からどうやって入坑していたのか知りたいけど、
時代的に写真は残っていないか…


折角なので、車道の真の最奥である
小森集落までやって来ました。
住んでみえる方には失礼ですが、
本土から車道が通じているとはおよそ信じられない
外界から隔絶されたような雰囲気漂う漁村です。


ここからだと烏帽子坑跡を真横から見ることが出来ます。
うーむ、こう見てもどうやって入坑したのか謎だな…
現役当時は木製の階段でも架かっていたのでしょうか?


天草上島と下島が想像以上に大きくて
もう日没間近になってしまいましたが、
天草と聞いて9割の人が想起するであろうあれをまだ見ていません。
牛深ハイヤ大橋で天草下島に戻って車を駆ります。


観光駐車場に車を停めて港町を歩いていくと…


何やら街並みに似付かわしくない建物が見えてきました。


そう、天草と言えば隠れキリシタンの里。
こちらはカトリック教会の﨑津教会です。
江戸時代はキリスト教徒に対する弾圧があったので
流石にこんな豪勢な教会を堂々と建てることは出来ず、
初代が明治21年に、現在の建物が昭和9年に建設されました。


「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として
平成30年に世界文化遺産にも登録されています。
内部は撮影禁止でしたが、
日本らしく畳敷きになっていたのが印象的でした。
畳って良いよね。


あと、近くにはこんなものもあります。
どんなものかと言うと…


東シナ海に向かって祈りを捧げる海上マリア像です。
遠過ぎて35mm換算120mmレンズでは歯が立たない…


梯子してもう1つ教会へ。
キリスト教解禁後天草で最初に造られたという大江教会です。
初代が明治9年に、現在の建物が昭和8年に建設されました。
理由は分かりませんが、こちらは世界遺産の構成資産ではありません。
港町の中に溶け込んで(?)いた﨑津教会と違い、
集落を見下ろす小高い丘の上にあります。


内部はやはり撮影禁止でしたが、
こちらはより古いにも関わらずカーペット敷きでした。
畳が世界遺産登録の決め手だったのか?


ロングドライブでお腹が空いたので、
道の駅﨑津の閉店間際に滑り込んで
天草伝承のお菓子だというこっぱもちを購入。
耳たぶみたいな気持ち良い柔らかさと優しい甘さで美味しい!


夜は殆どのお店が閉じてしまっているので、
前島にあるリゾートっぽいレストランで夕食を頂きます。


他に全然お客さんが居なかったので不安でしたが、
これが滅茶苦茶美味しい!
まさか天草にこんな美味しいレストランがあったとは。
五島列島もそうでしたが、隠れキリシタンが多いと
西洋料理に長けているのでしょうか?


この後は熊本空港近くのホテルまで
えっちらおっちら運転して戻りました。

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