粟国島 第2日目


7:27、起床。
爽やかな朝…と言いたいところですが、朝から蒸し暑いです。
今日も自転車を借りて粟国島を回ります。


まずは西ヤマトゥガーへ。
激坂を転びそうになりながら下っていきます。


西ヤマトゥガーに到着。
東と比べるとニウエ感が薄いですね。
ヤマトゥガーって絶対「裂け目」って意味の単語だと思っていたけど、
これを見るにそうでもないんだろうか。
それとも、「西のヤマトゥガー」じゃなくて
「ヤマトゥガーの西」って言っている?


今日の干潮時刻は11:50。
今は潮がどんどん引いていっているところで、
珊瑚礁の磯が顔を出しています。


そして、それこそがいの一番に西ヤマトゥガーを訪れた理由。
昨日は断崖の上に立つだけだった最西端の筆ん崎を仰望すべく、
磯伝いに歩いて真鼻の下を目指します。
丁度ヤマトゥガーの辺りに断層が走っていて
その西側は凝灰岩になっている為、
ヤマトゥガーのような荒々しい地形は無く概ね歩きやすいです。
なお、この海岸にはヤヒジャ海岸という名前が付いています。


ヤヒジャ海岸へのアクセスとしては、
西ヤマトゥガーから磯伝いに歩くのではなく
この階段を下ってくるのがメインのアプローチルートとされていますが、
帰る時の登り返しが大変と聞いたので
電動自転車で浜までアプローチ出来る西ヤマトゥガーにしました。


階段の前には意味深な切り欠きがありましたが、
嘗てはここから舟を出したりしたのでしょうか。


断層が何本か走っているのか、地層が褶曲しているのか、
数百mのセクション毎に地質の雰囲気が変わっている気がします。
海食崖が真っ白い凝灰岩になりました。


満潮時は海に沈むとあって藻がこびり付いている箇所もあり、
思わぬ場所がつるつる滑ったりします。
崖の下という地形的な要因もあるのか携帯電話が圏外なので
怪我をしないよう慎重に進みます。


磯に空いた潮溜り。
こういうところに溜まっていた塩水が
昔の製塩に使われていたのでしょうか。


辿り着きました!
ここが粟国島最西端の筆ん崎の下です。
基部に木々が生い茂っていて
少し高度感が緩和されていますね。


ここで休んでいって良いですよと言わんばかりの
ソファみたいな形をした岩。
ただ、日差しを遮る物が何も無くて暑過ぎるので戻ります。
10月の気温じゃない。


激坂を登り返す途中でウィリーしかけて派手に転んだ図。
昼食を求めて、数少ない飲食店がある西端のゴルフ場を目指します。


ありました、こちらが粟国島の数少ない食堂の一つです。
雰囲気を見るに村営の食堂?


粟国黒糖カレーを注文。
昨日見た海塩に並ぶ粟国島の名物である黒糖が混ぜ込まれていて、
別添の黒糖を掛ける「追い黒糖」も出来ます。
スイカに塩の逆パターン?
と言っても、辛味が際立つとかはなくて味に深みが出ます。


食後には粟国黒糖ぜんざいも頂きます。
沖縄県ではぜんざいとは金時の上に削り氷を乗せたものです。
蒸し暑い気候にピッタリのローカライズですね。
これも黒糖風味で美味しかったです。


昨日から島の端っこばかり回っているので、
ここからは集落周辺の見所を巡ってみます。


この集会所のような神社のような建物は…


宮小(みやーぐゎー(ヌルドゥンチ))だそうです。
僕の出身小学校の略称と同じ漢字だったのでつい。
「みやー」に宮の字を当てるのは妥当だけど、
何故「ぐゎー」に小の字を…?
そう言えば、渡名喜島の屋号でもこの当て字を見ましたね。
音から推察するに「川」と取り違えたとか?
ちなみに、ヌルドゥンチには「ノロ殿内」の字を当てたりするとか。


お次は粟国村観光協会も紹介している大正池公園に
と思ったのですが、
入口が判然としないほど草が繁茂しています。
この気温でここに突っ込みたくはないなぁ…


大正池公園は崖線みたいなところにあるので、
上側からもアプローチしてみます。
こちらは取り敢えず遊歩道には入れそうですね。


上ヌカーなる池に架かる浮き橋を進みます。
手摺りや踏み板の材質を見るにそんなに古くないと思うのですが、
余りにも忘れ去られた雰囲気なので
何かの手違いで沈んだりしないかちょっと不安になります。


崖線を下ります。
やはり平成中期以降にそれなりにお金を掛けて整備された雰囲気です。
観光客誘致とか言って作ってみたものの
全然効果が無いことに気付いて放置とかそういうパターンかな…


下り切ったところにあったこのBridge to nowhere、
欄干の色は何色に見えますか?
そうですね、どう見ても黄色に見えると思うのですが…


「赤い橋」という名前だそうです。
こんな綺麗に色褪せることある?
まだ「幸せの黄色い橋」とかの方がしっくり来る。
で、この橋が架かっているのがミーガーこと大正池だそうです。


崖の上に戻ります。
池よりはこの森を推した方がまだ幾分人が来る気がする。


矢狭間みたいな野鳥観察壁の脇を抜けると…


上の「大正池公園全体図」にも書かれていた展望台に着きました。
これは遊歩道と違って完全木製で急にボロいですね。
整備された年代が違う?
それとも、予算を使い果たしたとかそういう?


壊れないか心配でしたが、
特に封鎖とかもされていないので登ってみました。
眺めは中々良いです。
とはいえ、俯瞰してそんなに面白い地形ではありませんが。


集落に戻ってちょっと面白い地形へ。
エーガーと呼ばれる御嶽です。
エーガーは「八重川」または「八重泉」の漢字を当てるとか[1]。
このブログの読者諸兄ならアイヌ語と琉球語は履修済かと思うので
釈迦に説法かも知れませんが、
「川」は音から、「泉」は意味から当てた漢字です。


ガーという名前からしても、崖下という立地からしても、
確実に水が湧いているのだろうと思いましたが涸れていました。
昔は湧いていたのでしょうか。


お楽しみは最後まで取っておく派なので、
ここで粟国島一番の観光スポットを見ます。
台地の北東端の広場にやって来ました。
ぶっちゃけさっきの展望台より眺めが良いですね。


むんじゅる節の碑なる石碑がありました。
粟国島発祥の民謡で、隣の石像が笠を手に持っているように
「むんじゅる」は畑作業の時に被る麦わら(の笠)のことです。


むんじゅる節の碑のところに自転車を停めて
ジャングルの中を歩いていくと…


ありました!
筆ん崎に並ぶ粟国島の観光名所、洞寺(てら)です。
意味を付加する為に付けられた洞の字が
読みにまるで影響を与えられていない。


読みには現れていませんが、
洞の字が示すように鍾乳洞です。
さっきのエーガーは涸れていましたが、
こちらはまだ地下水脈が通っているのか湿度が高く、
そして非常にひんやりとしています。
天然のクーラーですね。


そもそも小さな島なので広さはそんなにありませんが、
それでも鍾乳石は立派です。
ただ、南西諸島だと鍾乳洞はかなりありふれた存在なので
これだけを目的にわざわざ粟国島を選ぶかというと微妙ですが。
鍾乳洞のある孤島と言うと大正義南大東島がありますからね…


ひんやりした暗い洞窟に一人は薄気味悪い…
かと思いきや、地元の小学生が遊んでいました。
メッチャ涼しいから時間を潰すには良いのかも?
何処から来たのかと問われたので愛知県と返したら、
「すごっ」
「県内じゃなくて?」
「愛知から沖縄来て粟国に?」
「粟国にも魅力あるんだね」
と珍獣を見付けたみたいなテンションになっていました。


最後、唯一行っていなかった東海岸へ。
「ナビィの恋」という映画のロケ地にもなったそうです。
平成11年公開の映画だそうですが、
エンタメ知識ゼロの僕は勿論存じ上げません。


あの四阿が映画のロケ地のようですが…


そこへ続いていそうな木道は完全に崩壊していて
全く近寄ることが出来ない状態にあります。
大正池公園よりもこっちを整備すべきだったのでは。


浜の方は今でもアプローチ可能ですが…


よりによってこの浜に下水処理水が放流されているそうです。
まあ、日本の下水処理場の処理能力なら
特に何も問題は無いのでしょうが、
それにしても何故ここを放流先に選んだのでしょうか。
役場に「ナビィの恋」アンチでも居るのかな。


粟国島の最東端であるウーグの浜がある
粟国島オートキャンプ場に来ました。


この施設の整備を進めた全員に問いたい。
何を思って離島にオートキャンプ場なのか。
確かに泊港からのフェリーには車も載せられるけど、
軽自動車でも往復28,260円もかかるから
どう考えても普通に宿を取った方が安いし…
大正池公園然り、
ちょっと前に観光振興名目で棚ぼたの予算が付いて
有象無象のコンサルとかに言い包められて整備した感が…
ただ、普通のキャンプ用品も貸してくれるそうなので、
アクセスの良い普通のキャンプ場と見做せば中々良さそうです。


オートキャンプ場の奥にあるウーグ浜。
当然ではありますが、東海岸なので夕暮れ時だと暗いですね。
明日日の出の時に再訪してみようかな。


一旦宿に戻って夕食。
今日も今日とてタンパク質が美味しい。


夕食を終えたら、昨日は中途半端になってしまった日没を
ちゃんと海に沈む形で望めそうな突端を狙います。


良し!計算通り!
断崖の先の海に沈む夕陽です。


テトラポッドに止まっていた鳥と一緒に。


汗だくになりながら粟国島を巡った一日でした。
まだ明日半日あるけど、ほぼ回り切った感があるな…


宿に戻って暇なので本棚の本を漁っていると、
令和3年度粟国村村勢要覧なる冊子がありました。
読んでみると…


何と大正池公園のあの「赤い橋」が本当に赤いではありませんか!
当時はこんな色だったんですね。
というか、ここから4年間であの真っ黄色になったということ?
それはそれで俄かには信じ難いけど…

参考文献
[1] 安里盛昭. 『粟国島の祭祀 ヤガン折目を中心に』. 総合企画アンリ, 2014.

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