西表旅行 第1日目

入社以来、令和4年度は道東、令和5年度は石川
令和6年度は秋田・青森
毎年6月第2週の週末に旅行をしてきましたが、
今年もまた行きます。


羽田空港から9:35発NH995便に搭乗。
隣の席の子供がSwitch 2をやっていて羨ましかった(落選勢)
今回はランダム目的地の商品ではなく普通に買った航空券です。


行き先は…


12:31、那覇空港に到着。
前3年分の流れからして北国だと思ったでしょう?
今年は趣向を変えて南国です。
何故これまでは北ばかり目指していたのかと言うと
この時期の九州南部は梅雨で天候が安定していないからです。
今回は偶々晴れてくれていますが。
但し、沖縄本島が最終目的地ではありません。


12:45発NH1767便に乗り継ぎ。
…時刻表上は30分(それでも短い)の乗り継ぎだったんです。
購入する時から、30分で飛行機乗り継ぎなんて可能なのか?と
訝しがってはいたのですが、
全日空の公式サイトから購入する際にこれしか選択出来ず、
流石に公式が言うなら大丈夫なんだろうと買ってみたら、
さっきのNH995便が羽田空港の混雑で離陸が40分遅延して、
だからもっと余裕のある便を予約したかったのに…
と別便への振り替えを機内で覚悟していましたが、
上空でメッチャ回復運転して16分遅れにまで遅延が圧縮され、
更にこの便の搭乗口の隣に駐機したことにより
駐機から14分という記録的短時間で乗り継ぐことが出来ました。
感情乱気流。


実は、国内線の乗継便って設定数がそんなに多くない上に
直行便と比べて高くなることが殆どなんですよね。
今回みたいに遅延した時の対処などが面倒なので。
況してや全国津々浦々の空港へ直行便がある羽田空港ともなると
手間の掛かる乗継航空券をわざわざ発券する動機は希薄です。
例外的に羽田発であまり高くない乗継航空券が売られている行き先は…


13:40、新石垣空港に到着。
実に9年振りの石垣島です!
アフリカや南米より来る頻度が低い。
羽田-石垣は直行便もあるのですが日に2便しかないので、
それでは掬い切れない細かい需要を
こうして那覇乗継便で満たしているようです。
また、羽田-那覇は世界有数の需要があって価格競争が激しいのと、
那覇-石垣は地元民への配慮から価格が抑えられていること、
一方で羽田-石垣はほぼ純粋な観光路線で足元を見ているのもあって
乗継便でも直行便と比べてそんなに高くなりません。
直行便が売り切れていた時は試してみましょう。


昼食を完全に食べ損ねているので、
空港ターミナルで日本最南端と思われるご当地牛乳ゲンキ牛乳を購入。
滋賀県の飛び出し坊やを彷彿とさせるゲンキ君が描かれていて、
彼の知名度が上がった結果大規模にグッズ展開をして
今では新石垣空港ターミナルの一角に
八重山ゲンキ乳業ブースが設けられるまでになっています。


14:00発東運輸4系統バスターミナル行きに乗車。
中国人観光客ばかりだな…
そして、驚いたことにクレジットカードのタッチ決済対応でした。
更に驚いたことに、JCBもアメックスも銀聯も対応しているのに
Mastercardは非対応でした。


14:42、ユーグレナ石垣港離島ターミナルに到着。
9年前もそうでしたが、
今回もまた石垣島は経由地に過ぎません。
だって、石垣島って何だかんだ都会な上に鉄道も無いし…
この石垣港もちょっとした都市の駅並みの賑わいです。


流石にパンと牛乳だけではまだエネルギー不足なので、
フェリーターミナル内の食堂や売店を回っていたら
じゅーしーかまぼこなるものを見付けました。
じゅーしー(炊き込みご飯)を蒲鉾で包んだ料理だそうです。
確かに、これなら解れ易いじゅーしーも
ポロポロ崩れず持ち運びに便利?


フェリーターミナルの2階には尖閣諸島資料室がありました。
尖閣諸島は石垣市に属しているので、
石垣港でアピールしているのでしょう。
あれだけ居た中国人観光客がこの空間だけ全く居なくて
結界みたいになっているの草。
このエヴァンゲリオンのゼーレみたいに並んでいるのは行政柱で、
令和2年に尖閣諸島の字名が登野城から登野城尖閣になった際に新調して
昭和44年に設置された旧行政柱と置換しようとしたものの、
国からの上陸許可が降りず設置出来ないでいるそうです。
一度設置されたら一般人はまずお目に掛かれなくなりそうなので、
こうして見られるのは今の内かも?


15:30発八重山観光フェリー サザンイーグルに乗船。
思っていたより大分小さな船だな…
揺れそう。


16:21、鳩間島に上陸。
爆睡していて揺れには気付きませんでした。


鳩間島は人口65人(令和4年6月時点)で、
定期船が通っている八重山列島の島の中では人口が最少です。
そんな訳で、勿論フェリーの就航本数も最少ですし、
ちょっとの時化ですぐに抜港・欠航します。
上陸出来るかちょっと心配でしたが、
今日は危なげなく就航してくれました。


那覇空港の搭乗橋の時点で薄々感じてはいましたが、
6月とは思えぬ暴力的な蒸し暑さです。
特に蒸しの部分がヤバい。
ニウエより暑く感じます。
やっぱり北国にしておけば良かったかな…


集落の端にあった友利御嶽。
部外者立入禁止の御嶽があると沖縄県に来た実感が湧きます。
八重山方言ではオンと呼ぶそうですが、
立札では沖縄方言のウタキという振り仮名が振られていますね。


こちらの鳩間中森は立入禁止ではないようです。
始め「森」の字が見えなくて
こんな森の中に中学校があったのかと思った。


鳩間中森を抜けると物見台と鳩間島灯台がありました。
島の最高地点なので昔から利用されてきたんですね。
物見台は昭和58年に復元したものだそうです。


鳩間島灯台から見た景色。
向こうに見える大きな陸地は西表島です。


物見台から見た景色。
この方角だと一番近い陸地は140km離れた尖閣諸島なので、
森に覆われた鳩間島北部の他は東シナ海しか見えません。
ちなみに、一般人が尖閣諸島に最接近出来る場所が鳩間島です。


無人地帯の島北部にも足を踏み入れてみます。
蒸し暑過ぎてぶっちゃけ気乗りしないけど…


人目を憚るように建てられていたこちらの建物、
鳩間島のごみ焼却施設だそうです。
石垣島にでも送るのかと思いきや島内処理なんですね。


ごみ焼却施設という大義名分を失った道は
露骨にやる気を失って、
雨が降ったら泥濘と化しそうな未舗装路になります。
でも、轍はまだ続いていますね。


この周辺は滅茶苦茶蝶が多いです。
踏ん付けそうなくらい飛んでいます。
何という蝶なのでしょうか。
Googleレンズで検索してみても、
蝶は亜種が多過ぎるのかしっくり来るものがありません。
シジミチョウの一種…なんだろうか。


島を横断して北岸の島仲浜に出ました。
プライベート感抜群の砂浜です。


周囲はニウエ宜しくトゲトゲの石灰岩なのに
ここの一区画だけ砂浜になっているのは不思議ですね。
何処から砂が運ばれてきたのだろう。


砂が運ばれてくるということは
砂以外の余計な物も同じ海流で運ばれてくるということです。
中国の空きペットボトルも大量に漂着しています。
尖閣諸島の件といい、反中感情が高まっていそう。


砂浜は日差しを遮るものが何も無くて辛いので、
すぐに踵を返して集落に戻ってきました。
意外にも(と言ったら失礼ですが)飲食店があったので、
生パインジュースで喉を潤します。
最高に美味しい!


17:25発安栄観光ぱいじまに乗船。
八重山諸島の旅客船は八重山観光フェリーと
安栄観光の2社がバチバチに争っていて、
それぞれの会社が殆ど同じダイヤで運航しています。
その為、どちらか一方の会社の時刻表だけを見ると
鳩間島は朝夕1便ずつしか寄港しないように見えるのですが、
実際には朝の便は25分差(9:20と9:45)、
夕方の便は1時間差で両社の船が着岸する為、
特に夕方の便を使うと今回の様に鳩間島を垣間見るのに
丁度良い時間を確保することが出来るのです。
流石にこの小さな島で7〜8時間は暇を持て余すので…


17:38、西表島上原港に上陸。
辿り着きました、今回のメイン西表島です!


安栄観光の連絡バスに乗り換えて宿に向かいます。
西表島は広いのです。

西表島は沖縄県で沖縄本島に次ぐ面積があり、
石垣島よりも3割増で広いにも関わらず、
人口では石垣島が西表島の20倍超令和2年度末時点で西表島が2,426人、
対する石垣島は48,951人。
という
圧倒的な差を付けられています。
しかも、西表島が属する八重山諸島を纏めた自治体の名前は
西表島の50分の1にも満たない大きさの竹富島から取って竹富町。
何が言いたいかというと、
西表島はその物理的な存在感にも関わらず
社会的には冷遇と言っても良いような扱いを受けているのです。
それは一体何故なのか?

最大の原因はマラリアです。
八重山諸島は昭和36年までマラリアが蔓延しており、
中でも西表島の状況は特に酷くて
開拓の大きな妨げとなっていました。
その為、琉球王国や大日本帝国による度々の強制移住にも関わらず
マラリアの流行により入植地の大半が壊滅し廃村。
米軍統治時代のマラリア撲滅に至るまで
ほぼ未開の島として扱われてきたのです。


しかし、マラリアが蔓延するということは
その媒介者である蚊の生息に適しているということであり、
水が豊富で皮肉にも稲作に適した地であるということを意味します。
その為、水に乏しい近隣の島々の島民には
マラリア無病地の小島で寝泊まりして
西表島の水田に船で通って耕作するという、
通い耕作なる文化が存在していたそうです。


そんな西表島の中でも特に辺鄙な西海岸へと向かいます。


島唯一のトンネル、西表トンネルを抜けた先は…


18:10、白浜集落に到着。
沖縄県道215号のどん詰まり、
二次離島の西表島の中で陸路の最奥部にある集落です。
最果てと呼んで良い立地でしょう。


そんな最果て集落ですが、
公民館を改装した宿泊施設に泊まることが出来ます。
ここが今夜の宿です。


元・公民館だけあって寄り合いとかやりそうな客室。
意外にも各部屋にシャワーとトイレが付いていて便利です。


荷物を置いたら白浜集落を回ってみます。
こちらは集落唯一の商店。
商店がちゃんとあるんですね。


このモニュメントは何を示したものか分かるでしょうか?
正解は東経123°45′6.789″の経線です。
平成9年に国土地理院沖縄支所の誰かが
このキリ番経線が西表島を横切っていることを発見し、
この記念碑が建てられたそうです。
国土地理院沖縄支所は暇なのか?


白浜集落唯一の食堂で夕食に
…しようと思っていたんだけど、
幟が片付けられていて嫌な予感が…
ああっ!昼食営業だけになっている!
Googleマップ君情報が古いぞ!


急いで商店に戻って惣菜を購入して
夕食抜きという最悪の自体は回避出来ました。
この想定外がまた離島らしさではある。


デザートにゲンキクールも購入。
八重山ゲンキ乳業の人気商品で、
ゲンキ君を一躍有名にした立役者です。
これあれじゃん、宮古島の「元気の子」じゃん!
調べてみたら、元々宮古島の元気の子も
八重山ゲンキ乳業の支社的存在の
宮古ゲンキ乳業が製造していたそうで、
どちらかがパクったとかそういう訳ではないようです。

ちなみに、これまで何度も沖縄県に来ておきながら
一度も言及していませんでしたが、
このゲンキクールの紙パックの容量、
473mLという中途半端な量なのが気になりませんか?
これは50年以上前の米軍統治時代の名残だそうです。
つまり、473mL=1pt(パイント)より正確には3種ある内の米液量パイント。
やっぱりヤーポン法を許すな。
です。
今朝買った小さいゲンキ牛乳は237mL=8ozです。
ヤーポン法を許すな。


秘島の果ての集落の日没…
良きですねぇ…
南の島は住むにはちょっと抵抗があるけど。

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