西遊記 第9日目


7:13、起床。
ポルトガルはぶっちゃけオマケ的な扱いですが、
とはいえこの旅のコンセプトは西を目指すこと。
Lisboa(リスボン)から日帰り圏内に
ユーラシア大陸最西端の地があるので、
目指さない訳にはいきません。


Rossio駅(ロシオ駅)から8:41発Urbanos de Lisboa(リスボン近郊鉄道)
Sintra線(シントラ線)Sintra(シントラ)行きに乗車。
8:41発の電車に乗るのに時計が8:39:42を指し示しているのは、
我々が如何にギリギリを攻めているかの証左です。


9:22、Sintra駅(シントラ駅)に到着。


駅舎らしい駅舎も無いSintra駅ですが、
Lisboaから来た観光客でごった返しています。
ガイドをするという客引きも数多く居ます。


それはユーラシア大陸最西端の地への拠点となる町だから
というよりは、Sintra(シントラ)自体が
世界文化遺産にも登録されている風光明媚な町だから
というのが大きいです。


とってもお洒落…
ではあるけれど、それと同時にとっても坂の多い町。
西アフリカ帰りで疲労が蓄積した身体には堪えます。


腹が減っては街歩きが出来ぬということでスイーツで朝食です。
いずれもSintraの郷土菓子だという
Travesseiro(トラヴェセイロ)とQueijada(ケイジャーダ)。
春巻っぽい形をしている方が「枕」という意味のTravesseiroで、
パイ生地で卵黄餡が包まれています。
クリームじゃなくて餡です、餡子です食感が。
一方、Queijadaは餃子の皮がタルトになったチーズケーキです。
想像以上に餃子の皮です。
最西端なのに極東の空気を感じさせるような…?
実際、大航海時代に文化の流入があったのでしょうか?


甘味でエネルギーを補給したら山登りします。
街歩きじゃないの?と言われそうですが、
思ったよりガッツリ山登りでした。
確かに、お城は山の上にあった方が防衛上望ましいけど…


ここまでちゃんと登山だとは思っていなくて、
あまり吸水性の良くないシャツを着てきてしまったので
汗で濡れて身体が冷えます。


山の上から見下ろしているあの城塞が目的地。
遠いなぁ…
あまり汗をかきたくないんだけど…


それなりに時間が掛かりましたが、道中特にネタになることも無かったので
日記では唐突な場面転換になります。
城壁まで登ってきました。
Castelo dos Mouros(カステロ・ドス・モーロシュ)、ムーアの城跡です。
ムーア人、つまり嘗てこの地を収めていたムスリムが築いた城塞ということです。


ガラス張りとはえらくモダンな城塞ですね。
なんてことはなくて、
これは何かしらの遺跡を保護しているのでしょう。


しかし、ガラスが汚れていて何が保護されているのか分かりません。
こういうところは南欧っぽい適当さ(偏見)


ただ、この城趾のメインはこの城壁なので問題ありません。
10世紀に建造されたという割には驚くほどしっかり残っていますね。
ムーア人の建築技術の高さが窺えます。


城壁は上を歩くことも出来ます。
そこはかとない万里の長城感。


と思ったら、急に壁が入り組んできた。
そこはかとないスーパーマリオ64感。
ゲーム脳だとジャンプして移動したくなる。


侵略者に対して睨みを効かせるCastelo dos Mouros。
Sintraの町を一望出来ます。


そして、そんなCastelo dos Mourosを更に見下ろさんとする位置に
こんな濃霧でも目立つ極彩色の城が建っています。
今度はあちらへ向かいます。


まあ、当然こういう道だよね…
車道もあるのですが結構遠回りになるので。
うおっ、雨が降ってきた!


暴風雨の中Palácio Nacional da Pena(ペーナ宮殿)に到着。
1836年竣工の割に滅茶苦茶ビビッドカラーですね。
黄色基調なのはイスラム教で神聖な青色の補色だからでしょうか。


宮殿の中に入ったのに何だこの大行列は!
暴風雨の中待たされて汗が冷えてきた…


何とか中に入れました。
世界文化遺産の宮殿に入れた喜びよりも
風雨を凌げる喜びの方が大きい。


宮殿内の各部屋を順路に従って見ていきます。
どんどん後続の観光客が来るので
あまりじっくりは見ていられませんが。


この宮殿はDinastia de Bragança(ブラガンサ家)の
夏の離宮として建築されたそうで、
各所に生活感を感じさせます。
ここはCarlos I(カルロス1世)の寝室だとか。
王の割にベッドが小さくない?


こちらは宮殿を造らせた主である
Fernando II(フェルナンド2世)の寝室。
立派な天蓋も付いてさっきのベッドよりは豪華…
ですが、やっぱりベッドの奥行きが短いです。
当時のポルトガル人は身長が低かったのでしょうか?


ポルトガル王国最後の国王、
Manuel II(マヌエル2世)の寝室に至ってはこんな有様。
うちの実家のベッドの方が大きい。
これはポルトガル王室の没落を象徴している…のでしょうか?


こちらは浴室。
非常にモダンな蛇口が取り付けられていて
この辺りは王室らしい最先端流行の取り入れを感じます。
お風呂入りたいなぁ…(シバリング中)


豪華絢爛なお皿が何枚も飾られたこちらは
一体何の部屋か分かるでしょうか。
書斎?
当たらずとも遠からずですが、正解は電話部屋だそうです。
良く見ると左に壁掛け電話がありますね。
どう考えても大皿と位置も存在感も逆だと思うのだが…
ポルトガル王室は皿を見ながら電話するのが好きだったのでしょうか?


この柱の存在感が凄い部屋は柱部屋…
ではなく、王家のプライベートエリアへの
立ち入りが出来ない客人向けの食堂だそうです。
皆で柱を見つめながら食事をするの、シュール過ぎでは?


外観の奇抜さと言い、シュールレアリスムというか
若干の狂気のようなものを感じさせる宮殿でした。
…汗が冷えてあまりにも辛かったので、
宮殿内にあった土産物屋でSintraロゴのスウェットを購入して着替えました。


下りにはバスを使ってSintra市街地に戻ってきました。
…はい、実は路線バスがあります。
Lisboaから日帰り出来る世界文化遺産なのに
まさか数多の観光客全員にあの山登りを強いるはずはありません。
なら何故登った?と言われると、
あの達成感をもう一度、といったところでしょうか…
温かいスープが五臓六腑に沁み渡る…


と言った側からまた山登りです。
もう1箇所行っておきたいところがあるので。


Quinta da Regaleira(レガレイラ宮殿)です。
同じ「宮殿」の訳語を当てられていますが、
ペーナの方は王家の邸宅であるPalácio(パラシオ)で、
こちらは荘園領主の邸宅であるQuinta(キンタ)です。
レガレイラ「荘園」と訳されることもありますね。


民間の持ち物ということもあって所有者は何度も変わっており、
バブル期には日本の青木建設(現・青木あすなろ建設)が所有していたとか。
今ではSintraの町議会によって所有されています。


Palácio Nacional da Penaも奇抜な建物でしたが、
Quinta da Regaleiraも中々に奇抜です。
外観の色こそ普通ですが、「ドラクエの世界」とも称される
ダンジョンのような複雑怪奇な構造が広がっているのです。


その中でも特に有名なのがこの
Poço Iniciático(イニシエーションの井戸)。
Iniciação(イニシエーション)とはキリスト教の通過儀礼のことで、
洗礼などを指しています。
この井戸は宗教的儀礼を行う為の場所だったそうで、
井戸を名乗りながら水源として使われたことはないそうです。


壁に設けられた螺旋階段で井戸の底まで下りてきました。
白丸魚道を思い出す。


井戸の底から延びるトンネルを進むと…


魚道…
ではなく、先程上から見えていた滝の裏側に出ることが出来ます。


勿論、邸宅なのでダンジョンだけでなく
住居部分もちゃんとあります。
さっきのPalácioより豪華。
これが貴族と豪商の立場逆転か。


僕は歴史的建造物にそんなに興味のあるタイプではありませんが、
Sintraの建物はどれも個性派揃いでとても楽しかったです。
ゲーマーほど楽しめますね。


さて、Sintraで大分時間を使ってしまいましたが、
そろそろこの旅行の本題に戻りたいと思います。
R. Barbosa du Bocageバス停(バルボザ・ドゥ・ボカジェ通りバス停)から
17:23発1253系統Cabo da Roca(ロカ岬)行きに乗車。


Sintraの町を離れ、緑豊かな森の中を走っていきます。
また風雨が激しくなってきた…


17:54、Cabo da Rocaバス停(ロカ岬バス停)に到着。
ユーラシア大陸最西端のバス停です。


アフリカ最西端に続いてこちらも辿り着きました、
ユーラシア大陸最西端のCabo da Roca(ロカ岬)です!
Luís de Camões(ルイス・デ・カモンイス)の詩の一節、
“Onde a terra se acaba e o mar começa”(ここに地終わり海始まる)
が最西端としての旅情を掻き立てます。
風が強過ぎて吹き飛ばされそう。


Cabo da Rocaは140mの高さがある断崖。
この暴風雨の中ではあまり近付けません。
無風でも近付くなと言われたらその通りですが。


パッとCabo da Rocaを見たら、
雨風を避けるのも兼ねてバス停脇の
Posto de Turismo do Cabo da Roca(ロカ岬観光案内所)へ。
最西端到達証明書なども売っていました。
流石この辺りはしっかりしている。
逆にセネガルとカーボベルデが何も無さ過ぎるんだよなぁ…


日も沈んだので帰ります。
18:52発1624系統Cascais(カシュカイシュ)行きに乗車。


Cascais(カシュカイシュ)に到着。
「カスカイス」と書かれることもありますが、
ポルトガル語では無声子音の前のsと語末のsの発音は[ʃ]です。
ポルトガル語の発音は全然馴染みが無いので
ここまでの表記を見直さないで下さい…
Sintraに戻らないの?と思う方も居るかも知れませんが、
Cabo da RocaはSintraとCascais、
2つの町のどちらからでもアクセス出来るのです。


バスターミナルから出る為の地下道が暗過ぎる。
何故ポルトガルの公共交通機関の地下道は何処もこうなのか。
雰囲気がホラーゲームのそれなんだよなぁ。


Cascais駅(カシュカイシュ駅)。
洞察力に長けた方なら気付いていたでしょうか、
僕がSintra駅に到着した時の記述をやけにあっさり済ませていたことに。
そうです、真のユーラシア大陸最西端の鉄道駅は
こちらCascais駅です!
何処にでもある郊外の駅といった佇まいですが、
最果ての駅というのはいつの日も素っ気無いものです。
Sintra駅よりは大分立派ですが。


19:44発Urbanos de Lisboa Cascais線(カシュカイシュ線)
Cais do Sodré(カイシュ・ド・ソドレ)行きに乗車。


20:18、Belém駅(ベレン駅)に到着。
ホテルに戻る前にちょっと途中下車します。


こんな遅い時間までケーキ屋が営業しているんですね。
流石は欧州最西端の国、夜が遅い。
Belém(ベレン)という名前を聞いて、
スイーツ好きの方ならピンと来る方も居るのではないでしょうか。
ビスケットでも入っていそうな紙製の六角柱の箱を開けると、
そこに入っていたのは…


Pastel de Belém(パステル・デ・ベレン)、
即ち「ベレンのケーキ」とも称されるこのお菓子。
そうです、恐らく世界で最も有名なポルトガル菓子
Pastel de Nata(エッグタルト)です!
Pastel de Nataの発祥は近くにある修道院だそうですが、
ここPastéis de Belém(ベレン洋菓子店)は
初めてPastel de Nataを市販したお店だとか。
風雨の中歩きまくった後の甘味は最高!


では、ホテルに戻ります。
Mosteiro Jerónimos電停(ジェロニモス修道院電停)から
20:48発15E系統Praça da Fuiqueira(フイケイラ広場)行きに乗車。
ちなみに、この電停の名前になっている修道院が
Pastel de Nata発祥の地です。


Lisboa中心地に戻って遅い夕食。
Bacalhau(バカリャウ)のピラフなど、
お米と魚を中心に出汁の効いた日本人に刺さる料理です。
昨夜も褒めちぎったけど、
これはもう欧州を飛び越えて世界最高峰クラスの食では?
やっぱり食べ物が美味しい国は最高ですね。

コメント