日本縦断旅行第2日目。
函館スタートです。
6:44、起床。
今日は全行程の中で唯一早起きしなくても良い日ですが、
何だかんだで起きてしまいました。
Andrewさん達との論文を書いたりしつつ
まったりと朝を過ごします。
朝の函館。
曇り予報だったけど晴れたので新雪が眩しい。
函館山も山頂まで見えますね。
車道以外は雪原と化していて、
何処を歩けば良いのかが定かではありません。
どうにか青函連絡船記念館摩周丸に辿り着きました。
見学してみます。
青函連絡船は青函トンネルが開通する以前に
国鉄が運行していた鉄道連絡船で、
単に旅客を青森駅から函館駅まで運ぶのみならず、
貨車を直接積み込んで輸送することが出来ました。
波で揺れる船に貨車を積むのは至難の業で、
上下運動は可動橋が吸収し、
貨車の荷重による左右の不均衡は
二等航海士がヒーリング装置を操作することで
水平を保っていたそうです。
そんな苦労を知る由も無い乗客達の席。
この赤い席はグリーン椅子席だったとか。
そこは緑色にしないのか…
グリーン椅子だと後ろに65°も倒せたそうです。
東海道新幹線のグリーン車の座席も
これくらい倒せるならまだ利用価値があるのに。
でも、船旅と言ったらやはり座敷ですね。
国鉄としては椅子を増やしたかったようですが、
座敷が良いという乗客が多いので
結局半分以上は座敷になっていたそうです。
操舵室。
種々のレバーやスイッチは実際に触れます。
こちらは無線通信室。
時代が時代なのでモールス信号です。
和文モールス信号って公式な(?)覚え方があるんですね。
時代背景を感じさせる語呂合わせです。
ちなみに、「SOS」は和文だと「ラレラ」になります。
あまり緊張感が出ませんね…
中々面白い記念館でした。
ただ、この摩周丸は今も海に浮かんだ状態なので、
微妙に揺れ動いています。
展示に集中し過ぎると弱い人は酔うかも知れませんね。
列車に乗る前に腹拵え。
函館と言ったらやはり海鮮は食べておきたい。
去年はウニが歴史的不漁と聞きましたが、
今日は普通にありました。
祝日ですがコロナ禍で待たずに食べられました。
では、函館駅に向かいます。
今日の運行状況。
道央がほぼ全滅に近い状態ですね。
道南は森以南しか動いていません。
偶然にも森以北へは行かない計画だったので
僕は影響を受けませんが。
12:31発JR函館本線普通森行きに乗車。
この列車、一見何の変哲も無いようですが…
括弧書きで「藤城・大沼公園」と書かれています。
函館本線の七飯-森は複数の経路があり、
函館-森間を走る列車はこのように経由地を示しています。
これが路線図。
七飯-大沼と大沼-森でそれぞれ2通りずつ
経路があることが見て取れます。
しかし、大沼公園はともかくとして
「藤城」が見当たらないことに気付いたでしょうか。
実は、藤城というのは七飯-大沼間で
どの駅にも寄らない藤城支線のこと。
つまり、この列車は普通列車でありながら
新幹線停車駅である新函館北斗駅を
わざわざ避けるように走るのです。
放送でも、
「この列車は新函館北斗には参りません」
と口を酸っぱくして案内しています。
サボはどんな感じなのだろうとワクワクしていましたが、
付けられていませんでした。
悲しみ。
七飯駅で本線(右)と藤城支線(左)が分かれます。
藤城支線は高架に上がると…
左へと進む本線を跨いで右に進みます。
最初から本線を左、藤城支線を右へ分岐させれば
こんな面倒なことをしなくても良い気が…
藤城支線は一つも途中駅が設けられておらず、
距離も本線と対して変わりません。
況してや支線が無いと捌き切れない通行量など
ある訳がありません。
では、何故こんな支線が存在しているのか?
その目的は勾配緩和唯一つです。
この先にある大沼駅は高原地帯に位置する一方で
新函館北斗駅は盆地の底にある為、
両者の間には100mを超す標高差があって
最大で20‰という急勾配を抱えています。
1、2両の普通列車なら何てことありませんが、
函館本線は北海道と本州を繋ぐ貨物列車が
一日に何十本も通っている大幹線で、
そういった長大な編成の列車にとっては
20‰というのはかなりの急勾配でした。
その為、札幌方面の下り貨物列車は
この藤城支線を使って運行されています。
(函館方面の上り貨物列車は大沼から下るだけなので
新函館北斗経由の本線を走行している。)
嘗て新函館北斗駅が渡島大野駅と呼ばれ、
取るに足らない小駅だった頃は
特急列車も途中駅の無い藤城支線を通っていました。
その時の名残で115km/h制限という標識も残されています。
現在では出世して新幹線駅となった
新函館北斗駅を蔑ろには出来ないのか
全列車が本線を走っていますが、
それでもまだ日に3本だけ下り普通列車が
この藤城支線を経由して運行されていますが。
ただ、長大編成で急勾配に弱い訳でも無く、
なるべく駅を飛ばしたい特急や快速でも無い、
2両編成の鈍行列車が何故藤城支線を通るかと言うと…
…僕にも良く分かりません。
定期列車を走らせていないといざと言う時に
旅客列車を走らせる権利を失ってしまう、
とかでしょうか?
(実際に、平成8年には本線で貨物列車が脱線し、
本線が復旧するまで全列車が藤城支線を走行した。)
新峠下トンネルを抜けると大沼の畔で本線と合流します。
運賃表示器でも、通っていない本線上にある
新函館北斗と仁山の2駅は空欄になっています。
大沼駅で2つの線路が合流しましたが、
またすぐに2つに別れてしまいます。
上の路線図を見ても分かりますが、
函館本線は大沼駅を中心に8の字を描いているのです。
勿論、大沼より北側で二手に分かれる理由も勾配緩和です。
本線は標高174mもある駒ヶ岳駅から
ほぼ海抜0mの森駅まで一気に下っていく為、
右へ左へ曲がりながら勾配を緩めてはいるものの
やはり最大20‰の急勾配になってしまっています。
函館本線が8の字を描く原因となった北海道駒ヶ岳。
それでも函館と札幌を結ぶあらゆる幹線が
ここを通っているということは、
これでもまだ一番走りやすい場所なのでしょう。
姫川信号場で13分間の停車。
終点の森駅までたった6分で着くんだから、
こんなところで運転停車せずとも森まで行ってしまえば
普通に行き違い出来るはずなのに…
万が一にも特急列車を遅らせる訳にはいかない
ということなのでしょうか。
まあ、その交換相手の特急北斗は今日全便運休なので
完全に無意味な停車と化している訳ですが。
ちなみに、5年前の平成29年までは信号場ではなく
姫川駅という駅が設けられていました。
13:54、森駅に到着。
これで3度目になる森駅。
相変わらず変わっていませんね。
森駅から北は内浦湾沿いを走っていて
波風の影響を受けやすいからか今日も終日運休です。
明日もです。
日本縦断ならやっぱ稚内スタートっしょ!
とか言ってたら危ないところだった。
前回との相違点と思われるポケモンマンホール。
いかめしが名物の森町らしくマーイーカです。
こんなポケモンいたっけ…?
なんて言うと歳がバレますね。
博士課程の卒業旅行とか言っている時点で今更ですが。
乗り継ぐ列車まで時間があるので
海が見えないかと歩いてみましたが、
この鳥崎川しか見えませんでした。
凍り付いていますね…
海は森駅の跨線橋からの方が良く見えました。
14:42発JR函館本線普通函館行きに乗車。
先程は下り列車が勾配を緩和する藤城支線でしたが、
今度は上り列車が勾配を緩和する砂原支線です。
砂原支線は北海道駒ヶ岳をぐるっと回り込む為
本線より6割増の遠回りを強いられるのですが、
その代わりに藤城支線と違って9つの途中駅があるので
地域輸送を担っている一面があります。
但し、その内3分の1はこの3月で廃止されてしまいますが。
この案内で廃止が宣告されている駅の内、
池田園駅、流山温泉駅、銚子口駅の3つは
函館本線砂原支線にある駅です。
幾ら利用者が少ないと言っても駅なんだから
廃止しなくても放っておけば良いんじゃない?
と思わなくもないですが、
ほぼ利用者ゼロの駅でもこうして除雪している姿を見ると
廃止も已むなしと理解せざるを得ません。
砂原支線は戦争真っ只中の昭和20年の開通で
資材が潤沢ではなかったのか路盤が脆弱だそうで、
大半の区間で徐行運転を強いられています。
貨物列車がバンバン走るのにそれで大丈夫なのか…?
15:34、流山温泉駅に到着。
来月廃止されてしまう3駅の内の1つです。
来るなら今しかないと思ってやって来ました。
主張の激しい毛筆フォントの駅名標。
簡素なホームには待合室もありません。
極寒の地でこれは辛い。
駅前には温泉以前に何も見当たりません。
このだだっ広い空間は何なんですかね。
実はロータリー?
何も見当たらない、というのはちょっと言い過ぎで、
正確にはこの謎の円盤と車輪はあります。
これが何だか分かるでしょうか。
正解は、嘗てこの場所に静態保存されていた
東北新幹線200系電車の鼻と車輪です。
新幹線の北海道延伸を祈願して置かれていたそうですが、
見事成就し、老朽化も進んでしまったので
本体は撤去されてしまいました。
案内板みたいなものは何も無いんですね。
それとも雪に埋もれているのかな…
流山温泉駅の時刻表。
上り4本の下り3本です。
砂原支線自体の運行本数はもう少し多いのですが、
流山温泉駅を通過する普通列車が多いので。
これが駅に通じる唯一無二の道…
だと思うのですが、何と紐で閉鎖されています。
降りても何処にも行けない駅なんてある?
…JR北海道なら有り得るのかな。
どうやら、動物避けの柵のようです。
しかし、こんな貧弱極まりない柵では
ヒグマは疎かエゾシカさえ防げないでしょう。
では、この柵が想定している動物は何か?
それは馬です。
流山温泉駅は大沼流山牧場に囲まれていて
牧場の敷地を経由しなければ外界に出られないのです。
駅名になっている温泉は何処なんだよ、と思った方。
これです。
嘗てはここにJR北海道直営の温泉施設がありましたが、
平成27年限りで廃業してしまいました。
そもそも、流山温泉駅自体この流山温泉へのアクセス駅として
平成14年に開業した新しい駅であり、
廃駅も7年遅れで流山温泉の後追いをした形になります。
寧ろ良く7年間も保ちましたね。
暫く歩いて公道に出ました。
しかし、流山温泉駅の存在を知らせるものは何もありません。
駅へ行こうと思っている人が
初見でこの牧場の中へ入ろうとは思わないよなぁ…
良ーく見ると注意書きに
「流山温泉駅や彫刻公園ご利用のお客様は」
とあるので、ここを通ることで
流山温泉駅へアクセス出来ることは仄めかされていますが…
大沼を周回する北海道道338号まで出て来ました。
やはり流山温泉駅を案内する看板はありません。
まあ、そもそも温泉施設へのアクセスの為だけの駅だったから、
流山温泉駅の所在地≒温泉施設の所在地を
自動車交通に対して曝け出すことは
駅にとってマイナス要因でしかないのか。
折角なので観光名所の大沼も見ておきます。
白銀の大沼。
最早沼なのかただの平原なのか分かりませんね。
今立っているこの地点も恐らく水上だよな…
湖岸(沼岸?)には北緯42°を示す碑がありました。
42°ってそんなにキリの良い数字かな?
流山温泉駅までピストンするのも芸が無いので、
折角ならもう一つ廃止予定駅を訪問してみます。
幸い、この辺りは駅間距離がそんなに長くないので
隣駅まで歩くことが出来るのです。
小さな集落が現れました。
この集落のど真ん中にあるのが廃止予定の銚子口駅です。
牧場に囲まれていた流山温泉駅はともかく、
周りにこれだけ民家があったら使う人も居るのでは?
という気がしなくもないですが、
民家があるのと利用者が居るのは全く別次元の話ですからね…
嘗て特急列車が砂原支線を経由していた頃の名残か
駅のホームは無駄に長いです。
今となっては本当に無駄なので殆ど除雪されていませんが。
錆びついた駅名標。
流山温泉の駅名が後から貼られているのは新駅だからです。
まさかその新駅と同時に廃止されることになろうとは
平成14年当時は夢にも思っていなかったでしょう。
駅というよりは信号場っぽい駅舎。
銚子口駅の開業は終戦間際の昭和20年6月です。
この駅舎は昭和63年に改築されたものですが。
自らを廃止するダイヤ改正を伝える張り紙。
これだけだとこの駅の廃止されることが良く分かりませんね…
銚子口駅廃止を悼む絵が飾られていました。
地元の人に愛された駅だったんですね…
という訳ではなくて、多分何処かの鉄オタが描いたものでしょうが。
銚子口駅時刻表。
上に挙げた流山温泉駅の時刻表と比較すると
流山温泉駅を通過する普通列車が如何に多いかが分かります。
16:54発JR函館本線普通函館行きに乗車。
これが3つ目の廃止予定駅、池田園駅です。
3駅の中では最も周囲に民家が多いのですが、
七飯町が面倒を見切れないという理由で
七飯町内の砂原支線の駅は全廃止となりました。
大沼駅で砂原支線を乗り潰し、
遂に北海道の鉄道を完全乗車しました!
17:42、函館駅に到着。
大都会ですね。
日本縦断と言いながら今日は1mmも南下していません。
藤城支線と砂原支線の両方に乗る為にはこれしかなかったので…
明日からは本格的に縦断開始です。
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