剱岳 第2日目

剱岳登山第2日目。
剱岳アタックの日です。

3:21、起床。
鼾の煩い人が複数人居て良く眠れませんでした。
僕の酔いはどうにか収まり、
ITの膝も本調子ではないものの
何とかなりそうなレベルだそうなので、
朝食のお弁当を食べてアタックザックを背負い、
まだ真っ暗な4:00に出発します。


対岸の剱沢のテント場も
電気を点けて出発の準備をしている人達が結構居ます。
まだ日の出までは1時間半以上ありますが、
剱岳は国内最難関と称されるだけ鎖場が多く、
人の多い時期は屡々渋滞が発生するそうなので、
時間にあまり余裕の無い僕等は
ヘッドライトを点けて日の出前行動します。


そうなると必然的に幾つかの鎖場は
闇夜の中で抜けることになりますが。
これは登山・下山合わせて13ある鎖場の1つ目です。
ただ、よっぽど難しい箇所でない限りは
暗い中では鎖場の方が却って楽だったりします。


暗い時に一番厄介なのはこういうガレ場。
浮石を見付け辛い上にルートを外れやすく、
少し気を抜くとすぐ危険地帯に入ってしまいます。
標高2,618mの一服剱をいつの間にか抜け、
一旦下ってから登り返します。


日の出まで20分程になり夜が白んできました。
今日も良い天気ですね。
しかし、下が見えてしまうと物凄い高度感だな…


どんどんガレ場が酷くなってきます。
剱岳と言うと数ある鎖場が特に有名ですが、
遭難が最も多いのはそういった鎖場ではなく、
実は前剱直下にあるこのガレ場なのです。
えらく浮石が多くてとにかく歩き難いな…
と思ったら、いつの間にかルートを外れていました。
危ないところだった…


どうにか標高2,813mの前剱に到着。
ここからが岩と雪の殿堂たる剱岳の核心部です。


…だというのに、このタイミングでガスってきたな。
剱岳は天気が変わりやすいことでも有名。
これ以上悪化しないことを願って先に進みます。


恐怖の鉄骨渡り、ならぬ鉄梯子渡りなど
技術というよりも精神力を試す難所が数多く現れます。
この鉄梯子は湿っていて怖いな…


うーん、雨が降ってきてしまった…
ここから鎖場が連続するというのに…
まさか今回もまた撤退なんてことは…
いや、剱岳の天気は変わりやすいのだから
ここから好転するのを願うしかない!


鎖のみならず鉄杭も使って攀じ登る難所、
平蔵の頭が現れました。
雨に濡れた鉄杭や一枚岩は滑ります。
滑落しようものなら命はありません。


ただ、ガスっているので高度感は抑えられています。
抑えられているだけで普通に高度はあるのですが。


霧の中に有り得ない角度の登山道が浮かび上がってきました。


遂に現れました!
剱岳別山尾根ルートの核心部、カニのタテバイです!
殆ど垂直な絶壁を鎖と鉄杭で登り詰める、
剱岳の象徴とも言える難所です。
当然、通過には時間が掛かる為、
シーズン中は長い行列が出来たりもします。
だからこそ、今日は夜明け前から出発しているわけです。
結局、ここは雨に濡れた状態での挑戦になるのか…


ただ、裏妙義表妙義での訓練の甲斐があったのか
割とすんなり登攀出来ました。
実を言うと、カニのタテバイや平蔵の頭レベルの箇所は
コースタイム5時間近くに渡って絶え間無く現れるので、
一つ一つはすんなり通過出来るくらいでないと死にます。


と思ったらここはまだ踊り場で
カニのタテバイはまだ続いているんですね…
上部の方がチムニーっぽい場所もあったりして
下部よりも難易度が高めでした。


カニのタテバイを抜けると雲の上に出ました。
これは頂上に着いたところで晴れるか…!?


午前3時台に出たのであろう第一陣が
下山を始めていました。
山頂直下は登山路と下山路が一緒になっているので、
ここも混雑時には渋滞が出来ます。


ここを登りきれば…!


着いた…
遂にやったぞおぉ!!
7:10、剱岳(標高2,999m)に登頂しました!
日本最難関、夢にまで見た憧れの頂を踏んだんだ!


束の間の安息を齎してくれる山頂は
登頂を喜ぶ登山者に埋め尽くされています。
ただ、ここまでの稜線から想像されるよりは
かなり広い山頂ではあります。


まるで僕等の登頂を祝福するかのように
ここへ来て雲が晴れ始めました。
遥か彼方に剱沢カールの雪渓が見えます。
あそこの更に先の室堂から遥々歩いてきたんだなぁ…
…今日中にまたそこまで帰らねばならないのですが。


羽衣のような雲を纏う山々は
美しさを超して神々しささえ感じます。
嘗ては人智を超越したあの世だとされたのも肯けますね。


剱岳山頂より先、北方稜線には
最早登山道の類は付けられておらず、
ここまでの別山尾根ルートとは別次元の世界が広がっています。
流石にこちらは無理です。
本当に死にます。


さて、遠足ではありませんが下山するまでが登山です。
剱岳が本当に恐ろしいのはこれから。
既に疲労が溜まっているこの状態で
あの切り立つ稜線を再び通り、
遥か彼方の室堂まで戻らねばならないのです。
これは剱岳に限った話ではありませんが、
山での遭難の大半は下山中に起こっているのです。


剱沢宿泊組が追い付いてきたのか混んできました。
混雑が本格的になる前に
下山路と登山路が分離するところまでは下りておきます。


登りのカニのタテバイに並び、
剱岳の象徴となっている難所カニのヨコバイが現れました。


タテバイの時と違って雲がすっかり晴れたので
高度感は抜群です。


カニのヨコバイはその名の通り水平移動なので
技術的にはタテバイよりも簡単なのですが、
下りという性質上1歩目の足場を視認することが出来ず、
数百m切れ落ちた断崖絶壁で
見えない真下の足場に足を預けるという度胸が試されます。
高所に強いITが先導してくれました。


下から見るとこんな感じ。
御誂え向きのクラックが入っているので
1歩目さえどうにかなれば後は楽なのですが…


間髪を容れずこんな鉄梯子も。
正直こっちの方が怖かったり。


そして、息吐く間も無くまた鎖と、
集中の持続力が求められるのが剱岳です。


こんな場所にまさかのトイレが。
まあ、最後の小屋である剣山荘から往復で6時間掛かるから、
催す人も当然居るか。
でも、どうやって屎尿を処理するのだろう…
流石に利尻富士みたいに携帯トイレ専用かな?
嘗てはこの地に避難小屋があったそうで、
コンクリートの基礎が残されていました。


ふとその下を見ると長蛇の列が。


これが(悪い意味で)剱岳の名物となっている
カニのタテバイ渋滞です。
酷い時には優に1時間待たされることもあり、
時間切れでここまで来て撤退する人さえ居るとか。
それでここにトイレがあるのでしょうか…
剱岳では早起きは三文の得どころではありませんね。


まだまだ鎖場は続きます。
写真にするとどちらが上なのか良く分からなくなるな…


通し番号の振られているものとしては最後の鎖場、
前剱の門が現れました。
ここまで来ると脚のみならず腕も大分疲れてきます。


前剱の門を抜けると前剱山頂は巻きます。
大胆なトラバースは下山路の特権。


そして、ここからのガレ場が
剱岳で最も遭難者の多い場所です。
疲れて足運びが疎かにならないよう、
気を引き締めて慎重に下っていきます。
ところで、今の時間にまだここを登っている人って
本当に剱岳山頂まで行く気なのかな…?


どうにか危険地帯を抜けました。
ITは下りだと膝が痛むそうで
ガクッとペースダウンしており、
剣山荘を発ってから既に6時間以上が経過しています。


一服剱まで戻ってきました。
剱岳は想像以上に登り返しが多く、
体力をガリガリ削ってきます。
剣山荘まではあともう少し…!
だけど、その先には現在地よりも標高の高い別山乗越が…


10:56、剣山荘に到着。
登りと下りの所要時間がほぼ同じでしたね。
剣山荘に連泊する行程にしなかったことを
既に少し後悔しつつありますが、
今日は下界の温泉宿を予約してあるので
何としてでも下山せねばなりません。
休憩もそこそこにメインザックを回収して下山、
というか別山乗越への登山を続けます。
アタックザックの重量に慣れてしまったから重い!


さらば、剱岳よ…!


ITは雷鳥坂の下りでペースダウンしてしまうからと
僕と時間差で先に剣山荘を出発していたのですが、
登りにも関わらず割とすぐに追い付いてしまいました。
ITの膝への負担がかなり深刻になっているな…
しかし、僕自身も疲労が相当溜まってきていて
人の心配をしている場合ではないかも知れない…


剱岳方面がガスってきました。
非常に良いタイミングで登れたんだな…


最後のピーク(?)である別山乗越に到着。
これで後は下るだけ
と言いたいところですが…


ITにとって最後にして最大の関門、
雷鳥坂を霧の中下っていきます。
僕等のペースはガタ落ちしており、
後からやってきた人にどんどん抜かされていきます。
焦らず一歩ずつ…


雷鳥坂を下り切って雷鳥沢まで戻ってきました。
もう疲労困憊だよ…
ここまで来ればもう終わったも同然…
と言いたいところなのですが、
室堂はここより170m以上標高が高いのです。
平蔵の頭、前剱、一服剱、別山乗越と来て
最後の登り返しです。
家族連れも散策しているような区間ですが、
息が上がったところに火山ガスが流れてきて
容赦無く眼と鼻を突いてきます。
僕もまた膝が痛くなってきた…
でも、ここを堪えれば…!


15:04、室堂ターミナルに到着しました!
剣山荘を発ってから11時間、遂に帰還しました!
疲れた…
16:30発の最終便に間に合えば良いと思っていましたが、
この分ならもっと早い便に乗れそうです。
15:30発立山トンネルトロリーバスに乗り、
大観峰駅で15:43発立山ロープウェイに乗り換え、
黒部平駅で16:00発黒部ケーブルカーに乗り換えて
16:05、黒部湖駅に到着。
あとは関電トンネル電気バスに乗れば…


またしてもこいつか!
もの凄い大行列です。
百歩譲って下界の扇沢ならともかく、
この黒部ダムに滞留させてどうするつもりなんだ?
三密を避ける為にバスの乗車定員を減らしていると言うけど、
ここにこんな大行列を作る方が遥かに密なのでは…
トンネルの構造上、30分につきバス7台よりも
運行密度を増すことが絶対に不可能なのですが、
本当に終バスまでにこれだけの人数を捌き切れるのでしょうか?
僕等は何とか乗れたけど、
もし予定通り室堂16:30発の便に乗っていたらどうなっていたか…

その後、路線バスとJR大糸線を乗り継いで松本に到着。
疲れた…
それでは盛大に打ち上げと行こう!
と、意気揚々と夜の松本の街に繰り出したのですが、
目星を付けていたラーメン屋は
店外まで連なる大行列で、
餃子の王将ですら6組待ちという異常事態。
松本市民は連休に外食する義務でもあるのか…?
剱岳の打ち上げはまさかのサイゼリアに。
まあ、無事に帰って来られただけでも…
夕食の後は松本バスターミナルから路線バスに乗り、
美ヶ原温泉で疲れた身体を癒しました。

日本最難関の呼び声高い剱岳。
鎖場の難易度の高さだけが理由かと思っていましたが、
実際には鎖場のみならずガレ場、岩場のオンパレード。
高度感に打ち克つ精神力、
高難度の鎖場を切り抜ける技術力、
数多の登り返しを乗り切る持久力と、
登山の総合力を余すところなく試される
正に最終試験のような山でした。
文句無しに今まで登った山の中で一番辛かったですが、
その分一番達成感があって、一番楽しい山でした。
4年前の谷川岳から始まって、
ここまで一緒に登ってくれたITには感謝しかありません。
剱岳に登頂出来て本当に良かったです!

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