JGRG29第5+1日目。
6:42、起床。
驚くほど鼾の五月蝿いおっさんが居て、
夜中に起こされてしまいました。
フェリーが向かうのは…
9:13、志布志港に到着。
5年振りにこの地に戻ってきました。
あの時はここが終着点でしたが、
今回はここから始まります。
…が、下船時刻が時刻表より20分ほど遅く、
初っ端から結構ピンチです。
最寄駅までは1.9kmもあるのに、
次の列車の発車時刻まで17分しかありません。
背に腹は代えられないので、
フェリーターミナルの前に1台だけ停まっていた
タクシーに飛び込んで駅を目指します。
「本当は10時から勤務開始なんだけど、
何かあるかと思って港に行っておいて良かったね~」
と運転手さんが言っていました。
心臓に悪いから常時待機して下さい…
やって来ました志布志駅。
僕は執念深いのです。
5年前は「大雨」で乗れなかった日南線。
その日南線に今日こそは乗ります。
志布志駅の時刻表。
僕がタクシーを使った理由がお分かりでしょうか。
9:30発の後は4時間近く列車が無いのです。
フェリーの時刻表上の着時刻は8:55で
港から駅まで徒歩約30分なので、
何とも絶妙な接続かと思っていたのですが、
実際は徒歩では微妙に間に合わない
何とも嫌らしいダイヤ設定でした。
タクシーを使わせようという魂胆なのでしょうか。
(鹿児島中央駅へは予約制の接続バスがある。)
志に溢れる町志布志らしく、
駅のトイレは「男志」トイレと「女志」トイレです。
志無き者は使えません。
9:30発JR日南線普通油津行きに乗車。
志布志港にもう1人タクシー待ちが居ると
タクシーの無線で言っていて、
その人も日南線に乗り継ぐんだろうかと
運転手さんが呟いていましたが、
結局それらしき人は乗ってきませんでした。
大丈夫なのかな…
着いたばかりですが、志布志を後にします。
嘗ては旅客輸送も行っていたマルエーフェリーの
東京-名古屋-志布志-那覇航路の琉球エキスプレス3が
丁度志布志港に入港してきていますね。
福島県、香川県とは何一つ関係の無い福島高松駅。
福島町の高松集落という由来だそうです。
9:52、串間駅に到着。
道の駅(というか産直?)に完全に吸収されています。
パッと見では鉄道駅とは分かりませんね。
何故か広島電鉄の路面電車が静態保存されていました。
広島市と何か関わりとかあるのかな?
10:00発串間市コミュニティバスよかバス
都井岬線都井岬行きに乗り換え。
この先は1日4往復(土日祝は5往復)の
コミュニティバスだけが頼りの秘境です。
人工林の中を岬に向かって高度を上げていきます。
この区間は改良工事が成されたようで
かなり高規格な国道になっています。
駒止の門を抜けます。
尻屋崎と同様にここも馬が有名なので、
馬が逃げないようにする為のゲート
兼通行料徴収所が設置されています。
駒止門を過ぎてすぐのところに馬がいました。
特に自動車を恐れるような様子はありません。
10:40、都井岬バス停に到着。
南国宮崎県の最南端、都井岬です!
ノートパソコンやら着替えやらが詰まっていて
リュックが重くて仕方ないので、
バス停近くの民宿兼食堂に
昼食をここで摂る旨を告げて預けさせてもらいます。
その際に灯台まで行くつもりだと言ったら、
この都井岬ビジターセンターうまの館で頼めば
車で連れて行ってくれるとの有力情報を得たので、
早速やって来てみました。
今は車が出払っているそうなので
御崎馬の展示を見ながら30分ほど待ちます。
御崎馬は江戸時代の1697年、高鍋藩の秋月家が
軍用馬の放牧をこの地で始めたことに端を発しており、
その当時から人の手をほぼ加えていなかったことから、
日本で唯一野生化した再野生馬として有名です。
唯一、御崎馬に対して人の手が入るのが
年1回の馬追いです。
これは都井岬に棲んでいる御崎馬を
1ヶ所に追い込んで個体検査をする行事で、
宮崎大の学生やボランティアなど総勢100人ほどで、
縄などを使わず竹竿を叩く音だけで
500ha以上もある都井岬の御崎馬を集めるそうです。
車が戻ってきたので灯台まで送ってもらいました。
この都井岬灯台は九州で唯一の登れる灯台。
この為に来たと言っても過言ではありません。
灯台の上からの眺め。
何とも美しい海です。
灯台本体はたったの10mと
登れる灯台16基の中で最低ですが、
都井岬自体が非常に高いので
海面からの高さは256mもあり、
次点の塩屋埼灯台に3倍以上もの大差を付けています。
ちなみに、さんふらわあの志布志港着岸1時間ほど前には
この都井岬灯台を見ることが出来ます。
お見逃しなく。
御崎馬の棲む御崎牧方面。
人工林に覆われています。
嘗ては尻屋崎と同じく草原しか無かったそうですが、
材木調達を目的に植林されたことで
芝の枯れる冬期も馬の餌が確保されることとなり、
結果的に御崎馬の野生化を助けたそうです。
ある意味、幾重もの人為的な要因の上で起きた
「野生化」だったと言えるでしょう。
折角車で送ってくれるということなので、
ついでに御崎神社にも寄ってみました。
都井岬灯台の南西にある神社です。
昭和天皇も参拝なさったとか。
残念ながら現在では崩落の危険が高いとして
断崖にある本堂への道は封鎖されています。
代わりにこの拝殿が整備されています。
拝殿から遥拝した本殿。
断崖の中で岩の露出した部分にあります。
どうやってあんな場所に建立したのだろう…
荒々しい白波の立つ日向灘。
ガイドの人曰く、今日は殊の外波が荒いとか。
この素晴らしい立地は昔から人気だったそうで、
明治6年に一度は集落内の都井神社に合祀されたものの、
それでも参拝者が後を絶たなかったことから
7年後に還座されたという過去を持ちます。
また、この辺り一帯は昔海の底だったそうで、
特徴的な地層が露出していると共に、
その当時に奄美大島から流れ着いたとされる
野性のソテツの子孫が群生しています。
ちなみに、ここがソテツの自生する北限地です。
国の特別天然記念物に指定されています。
バス停まで戻してもらい、
予め話を付けておいた民宿で昼食。
九州らしい甘めの漬けと柚子胡椒が良く合います。
都井岬バス停から12:45発串間市コミュニティバス
よかバス都井岬線市民病院行きに乗車。
串間駅で13:36発JR日南線普通油津行きに乗り換え。
何故か日南線は串間駅のような中心駅ではなく
この榎原駅のような人里離れた駅で
列車交換を行っています。
ちなみに、この黄色い列車は「快速」日南マリーン号。
快速と言いつつ、宮崎駅からの28駅中
たったの3駅しか通過しませんが。
こちらは「特急」海幸山幸。
普通列車なら1時間38分のところを
1時間36分で結ぶとってもはやい列車です。
観光列車なので急ぐ為の特急ではありませんが。
列車は美しい海岸線を走ります。
14:27、油津駅に到着。
広島カープのキャンプ地が近くにあるようで、
駅もカープ仕様になっていました。
選手は日南線を使わないと思いますが、
カープファンらしき人達が記念撮影していました。
油津は飫肥杉運搬を目的として造られた
堀川運河を中心に栄えた港町。
「男はつらいよ」のロケ地にもなったとか。
…乗り継ぎ待ちの時間だけなので
この石橋しか見られませんでした。
油津待合所バス停から15:04発宮崎交通
鵜戸神宮経由宮崎駅行きに乗り換え。
西日の眩しい海岸線を走ります。
途中には有名な鬼の洗濯板がありました。
一番有名なのはもっと北にある青島という地域ですが、
この辺りでも幾らか見られます。
15:39、サンメッセ日南バス停に到着。
ここは世界で唯一、イースター島から正式な許可を得て
復元されたモアイ像を展示している施設です。
日本がイースター島のモアイ像の修復作業をした際に、
そのお礼として復元を許可したのだとか。
折角なら一目くらい見ておこうかと来てみましたが…
入場料800円!?
くそー、足元を見て…
そもそもここは主たる目的地ではなく
時間も殆ど取っていなかったので、
入口に置いてあった宣伝用のモアイ像で我慢します。
さっさとメインの目的地へ行くか…
…バスが来ない。
おかしい、時刻表によればとっくの昔に着いているはず…
15分過ぎても何一つ音沙汰が無いので、
不安になってバス会社に電話をしてみたものの、
バスの走行位置は把握していないとのこと。
バスはこれだから…
20分も遅れて漸くやって来ました。
16:09発宮崎交通鵜戸神宮経由飫肥行きに乗車。
16:32、鵜戸神宮バス停に到着。
鵜原理想郷のようにトンネルを抜けて
神宮へと向かいます。
どちらも「鵜」の字を用いていますが、
海岸沿いの地形の険しさを表している文字なのでしょうか。
トンネルが掘られていなかった頃は
山越えの参道を用いていたようです。
現在は道が崩れたのか通行止めになっていますが。
日向灘に面した南国な雰囲気の鵜戸神宮。
ソテツの生える境内というのも中々珍しいのでは。
灯籠は凝灰岩の上に立っています。
この辺りも普通の神社とは一線を画していますね。
鵜戸神宮は出雲大社と同じく兎の置き物が
そこかしこに置かれています。
因幡の白兎…というわけではなく、
どうやら鵜戸神宮の「鵜」が
「兎」に誤変換されたことが原因のようです。
本殿は波打ち際へと階段を「下った」ところにあります。
神社の本殿が鳥居よりも低いところにあるのはかなり珍しく、
黒島の聖大明神社など極一部だけです。
このぱっくりと口を開けた洞窟の中に
鵜戸神宮の本殿が鎮座しています。
本殿が重要文化財に指定された年月日が
何だか見覚えのある日付で思わず撮ってしまった。
僕の誕生日の2日後じゃないか。
洞窟の中一杯一杯に建てられた本殿。
そもそも、「鵜戸」の由来は「洞(うろ)」だとされており、
豊玉姫が産屋を建てたという伝説に由緒があります。
その為、安産や育児の神徳があるとされています。
本殿から見た日向灘。
ここから日の出を見たら美しそうですね。
本殿の前の磯にはコンクリーションによる
奇岩が立ち並んでいますが、
その内の一つである亀岩の穴に運玉を投げ入れると
願いが叶うそうです。
もっとゆっくり見たいところではありますが、
バスの(時刻表上の)時刻が迫っているので
急いでバス停に戻ります。
まあ、また遅れていそうな気がするけど、
そう考えて乗れなかったら洒落にならないからな…
でも、やっぱり遅れてるのか…
待合室どころかベンチも無い吹き晒しのバス停で
いつ来るのか定かでないバスを待ちます。
またしても20分遅れでやって来ました。
17:09発宮崎交通鵜戸神宮経由飫肥行きに乗車。
薄暮の日向灘を走ります。
油津では乗り換え待ち10分という
非常にスムーズな接続をしているものと思っていたけど、
20分も遅れたとなると乗り継げないじゃないか…
油津駅で18:10発JR日南線普通宮崎行きに乗り換え。
幸い、30分も間を空けずに次の列車があったので、
それほど予定が崩されずに済みました。
南宮崎駅で19:39発JR日豊本線特急ひゅうが6号延岡行きに乗り換え。
今回はフリー切符ではなく普通の乗車券なので、
特急券を買えば特急列車にも乗れます。
とにかく鉄道の不便な宮崎県。
特急の活用は必要不可欠です。
20:56、延岡駅に到着。
あれ?延岡駅ってこんなに立派だったっけ?
5年前に来た時とは大違いです。
喫茶店や本屋まで併設されており、
実にお洒落な駅に生まれ変わっていました。
今夜はここ延岡駅に泊まります。
宮崎県に泊まるのは初めてです。
見よ、このテレビのチャンネルの少なさを。
民放がたった2局しかありません。
ド田舎と言うと秋田県や鳥取県が良く槍玉に挙げられますが、
宮崎県も中々のものです。
21時過ぎまで開いている飲食店も
駅前には一切存在していなかったので、
国道まで歩いてラーメン屋へ。
延岡名物だという辛麺ラーメン。
名古屋の台湾ラーメンと非常に良く似ています。
諸々の例を鑑みるに、台湾ラーメンも
名古屋がここからパクったのかも知れませんが。
明日は朝が早いので夕食の後は宿に直帰して寝ました。
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